人が死ぬとき後悔すること~「感情に振り回された一生」編

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人の死に立ち会うお仕事の方々が、人が死ぬときに後悔することを挙げていらっしゃいます。それらに影響する心理課題について書いてみます。

今回は「感情に振り回された一生」について。
 

振り回されるというと反応的なこと、「恨み」「逆上」「憎しみ」といった「怒り」に似たものについて書いてみます。

「感情は悪ではありません。でも感情は抑えましょう」というお話が多いです。そういう本はよく売れるようですが、あまり人を幸せにしないと思います。

「ちゃんとした怒り」のルーツを知る

「ちゃんとした怒り(憤り)」は、動物に必要なものとして備わっています。もし有害無益なのであれば、進化の過程でとっくになくなっているでしょう。

それは動物が身を守る(または卵・子を守る)ために戦う(または威嚇する)ための、身体的反応です。「身体」ですよ。

戦うためには筋肉を激しく動かしますから、そこへ酸素を多量に送ります。そのために、鼓動が高まり、息が荒くなります。怒ると、「ふんがー」となり顔が真っ赤になるわけです。腕がわなわなします。自分を大きく見せるような姿勢になったりもします。

威嚇は「戦う準備があるぞ」と示すことですね。

文明社会では筋肉を使って戦う場面は少ないですが、威嚇も含めて必要な機能ではあるのです。

つまり、それは、「窮鼠猫を噛む(きゅうそネコをかむ)」という機能です。追い詰められたネズミがネコに噛みつくということですね。

では、ネズミは感情に振り回された一生を過ごしているのでしょうか? 実は、必要に応じて「怒り」を使い、振り回されてはいません。ネコをに仕返しをするために人生をすり減らしたりはしないのです。これが「ちゃんとした怒り(憤り)」です。

これを知らずに、「怒り」は抑えるべきか、解放すべきか、うんぬん言うと、感情との付き合い方がわからないままとなります。

「感情のコントロール」という言葉にご注意

「ちゃんとした怒り」は反応として発動するので、それを無かったことにすることはできません。無かったことにすることを「抑圧」と言います。抑圧すると、それは別の形で現れます。1つは「健康を損ねる」、もう1つは「感情に振り回される」です。感情に振り回されないために抑圧したいのかもしれませんが、振り回されます。

発動する前に、嫌な場所に行かないようにするとかいう心がけはできます。

発動してしまった感情を、受け入れて早く治める(完了させる)ことはできます。これは抑圧ではありません。「怒り」であれば、ちゃんと怒ることによって可能です。

感情に悩まされる人にとって、「感情のコントロール」という言葉は魅力的です。自分には感情をコントロールする力が欠けていると思っているからです。そかし、それが「抑圧」を意味しているとしたら、別の形で人生が振り回されることでしょう。長期化している心の悩みの多くが、「抑圧」の解放を経て解決してゆくのを心理セラピーで目の当たりにします。

「先方にも事情があることなので、怒るべきではなかった」と言う人もいますが、それがいくら倫理的に正当な考えでも、怒りを無かったことにすることはできません。すでにエネルギーは筋肉に送られてしまったのです。それを抑圧することで、今後も怒るべきでない相手に怒りを向ける可能性が高まるのです。善人になろうとして、ダークサイドへ堕ちてゆく物語はよくありますよね。

それは本当に「怒り」か?

さて、次に問題となるのは、「怒りの抑圧を解く」「怒りを解放する」ということが、どういうことなのか、多くの場合誤解されているということです。

多くの方は、「怒り」と「攻撃」が同義になってしまっています。「怒りを解放します」というと、「わかりました。あいつに思い知らせてきます/暴言を浴びせてきます」と言ったりします。意気込みはあっぱれですが、残念ながら心の悩みが解消する可能性は少ないです。

感情に振り回される方の多くは、ちゃんと怒ったことがないのです。

身体反応だということを思い出してください。それは自分の身体で起こります。相手の身体や脳は関係ありません。この当たり前のことを認めることが、人間にとってとても困難なのです。

窮鼠猫を噛むために筋肉にエネルギーが充填されます。それを放電する(まあ電気ではないんですがイメージです)ことが怒りの解放です。

ネズミにとって、ネコが怪我することが目的ではありません。自分が生き延びることだけが目的です。

人間はあくまで相手がどれくらい傷つくかに関心がシフトする場合があります。そのために自分が不幸になってまでも。それを「憎しみ」とでも呼びましょうか。とにかく「怒りの解放」ではないのです。

これは「感情に振り回された一生」で起こっていることかもしれません。

また、相手がいかに悪者であるかを証明しようとして、傷ついた自分をアピールする場合も人間特有です。相手の有罪を証明するために自分は不幸を手放すわけにいかなくなります。これは「恨み」とでも呼びましょうか。これも「怒りの解放」ではないのです。

「怒りの解放」ではないというのは、つまり、お悩みのこと(感情的になってしまうとか、人が恐いとか)が解消しないケースなのです。

これも「感情に振り回された一生」に関係ありそうです。

挙げてゆくときりがありませんが、もう1つだけ、「投げやる」というのがあります。「どうでもいい!」は怒りではないです。本当にすっきり解消した結果、どうでもよくなることはあります。

ネズミがネコを前にして、「どうでもいいわっ! 食べるなら食べろよっ!」という態度はとりません。あくまで生き延びようとするのが怒りです。

「感情に振り回された一生」にならないためには、「ちゃんとした怒り」をマスターする必要がありそうです。

それは、身体に貯めたエネルギーを解放すること。そのとき、相手は関係なのです。「あんなやつ関係ないわっ!!!」は「関係ある」と言っているようなものです。相手を変わったり、思い知ったり、有罪になったりすることは必要ないのです。しかし、エネルギーを解放するためには、「あのやろーっ」と思うことが必要です。

怒るけど恨まない。怒るけど憎まない。怒るけど投げやらない。これらがちゃんと怒ることなのですが、やったことない人には何のことかさっぱりわかりません。ですので、体験的に挑戦するしかないのです。

心理セラピー(心理療法)を通して、精神的な自由を勝ち取った方は、自分が「ちゃんと怒ったことがなかった」ということに気づきます。

もう1つだけ補足します。「心が優しい」のと「怒らない」は別のことです。むしろ逆です。「憎しみ」しかしらない人は、怒らないのは心が優しいことだと思っていたりします。

参考文献

 
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