セラピストは直感を使ってよいか

昨今の科学主義によると、セラピストが勘を使うのは自己満足だからけしからんという意見があるようですね。

今日は直感てなんだろうって考えてみます。

私はネイティブセラピスト、いくつかの心理課題(トラウマや愛着不安定など)を克服してきましたが、どうしても残ってる障害があります。それはある種の不安症です。

たとえば、不安症状が出てアルバイト先で意見し始める。分かってもらえないので辞める。その直後にそこで人身事故ご起きる。辞めていなかったら巻き込まれてました。

先日は急にパソコンのバックアップの仕組みを作り直しました。その直後にパソコン一式が故障。助かりました。

東北地震では東京もかなり揺れましたが、その2日前に大切な食器をプチプチで包んでいて、前週に本棚の転倒を防ぐ突っ張り棒を購入しています。地震の後にそれはグニャっとなっていて、取り付けていなければ本棚が倒れていたことを表していました。

まるで家事になる前にネズミが逃げ出す言い伝えのように、けっこう私の不安は当たるのです。

ですから、この不安症は不安を無くせばよいというものではなさそうです。自分を信じたり、不安を補う異なるタイプの仲間が必要ということでしょう。

後になれば人身事故の予兆を説明できます。ですが、事前には上手く説明出来ないのです。

つまり、これは超能力的な予知ではなくて、理由を自覚できていないだけなのだと思います。無意識はなにかを分かっているのだけど、意識できるのは結論だけ。「逃げろ」とか「あれを守れ」とかね。

クライアントも私を直感で選んでくる人が多いです。「この人だ!と思った」と言います。これも、じっくり話していると、実は理由があるわけです。

セラピーでも無意識的に隠れたものを探します。それは気づかれる前から行動に表れてます。

無意識からのメッセージを、プロセスワークでは「ノック」と言ったりするそうです。

セラピストがクライアントを理解する時には「共通骨格」を使います。同じではないけど似ている体験を使うわけです。この似てるとはなんぞやというのが経験知ということになります。

それらの勘や経験が苦手な心理職もいるでしょう。最近の教科書では勘と経験を使うことは悪いことだとされています。

まあ、多くの場合、人々が自分の「勘」だと思っていることは「思い込み」や「偏見」であることも多いので、当てにならないとは思います。

ですが、なんとなくそうだな、とか、なんとなく違和感とか、心が自由になってくるとまんざらでもなくなるように思います。心が解けている前提です。

あなたは直感を使うセラピストをどう思いますか?

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