行動分析はセラピーより教育向き!?

私の心理セラピーでは行動主義アプローチで人を変えようとすることはしませんよと言っています。
簡単に言うと、飴と鞭で人を変えようとするとろくなことにならない、・・・場合もあるということ。とくに、矯正ではなく、ゆるしが必要な心理セラピーではです。

それがどういうことなのか、今回はちょっとあえて行動主義の枠組みから見てみましょう。

一般的な条件付け理論

一般的に言われているのは、この4パターンの条件付けのことが言われていますね。

行動利害随伴性
1したら利得喜び(快↑)お手伝いしたらオモチャを買って貰える正の強化
2したら利得緩和(不快↓)お手伝いしたらオヤツ抜きが解除された負の強化
3したら損害痛み(不快↑)イタズラしたら叱られる正の弱化
4したら損害喪失(快↓)イタズラしたらオヤツ抜き負の弱化

※用語は分かり易くアレンジしています。

もともとは動物実験から始まったもので、現代では子供の養育などに応用されています。

ちょっとした疑問

一般的な説明では「行動が増えるのを強化」といいます。が・・・、この「行動」というのはおそらく振る舞い(behavior)のことなので、「すること」も「しないこと」も行動なのだと思います。たとえば、「禁煙する」「我慢する」「おとなしくする」「サボる」「無視する」「沈黙する」「安全運転をする」などは行為を「しないこと」ですが、それも行動といえるかもしれません。

たとえば、虐めによる不登校は次のように2通りに解釈できます。

・「学校に行く」という行動が「痛み」によって弱化されている(3 正の弱化)
・「不登校の実践」という行動が「緩和」によって強化されている(4 負の強化)

前者であれば「傷ついて動けなくなっている子供」というイメージですが、後者だと「ひとまず脱出に成功した子供」というイメージになります。

おそらく、不登校のきっかけが前者で、さらみ不登校しはじめてから後者でしょうか。

電気ショック実験でレバーを押さなくなったネズミの解釈には、その区別はいらないかもしれませんが・・・

不登校の原因を教員にアンケート調査したところ、1位は「意欲の欠如」だったそうです。ところが、不登校の児童・生徒にアンケートしてみると、1位は「虐め」だったそうです。

「学校に行きたくない」と「学校をさぼりたい」が区別されていないからそのようなことが起きるのだと思います。

つまり、「行かない:というような回避行動のは、積極的な行動だということです。

この4パターンモデルには、他にもどっちとも区別し難いケースがあります。

で、そのような、同じかもしれないけど別かもしれないパターンも考慮すると12パターン考えることもできます。順にみてみましょう。

「する」を増やす8パターン

ラーニングで「する」を増やす

条件付け(ラーニング、インストール)によって、勉強することを増やすケースを挙げます。

行動随伴性
aしたら利得喜び(快↑)お手伝いしたらオヤツが貰える正の強化
bしたら利得緩和(不快↓)お手伝いしたら親が恐くなくなった負の強化
cしなかったら損害痛み(不快↑)お手伝いしないと叱られる
dしなかったら損害喪失(快↓)お手伝いしないとオヤツ抜き

aとc、bとcは起きていることは同じかもしれません。ネズミの実験では区別しないでようね。

ところが、「他者のお手伝いばかりし過ぎる病」がbとcの幼少体験によって刷り込まれた人がそれを解除したいと言ったとき、bではなく、cを扱う必要があります。叱られるという恐怖が刷り込まれているとしたら、「勉強してもどっちみち親はこわいぞー」を体験させてもますます勉強してしまいます。「勉強しないと叱れるの恐いねえ。でも、もう大丈夫」が必要でしょう。

なので、広義トラウマを刷り込むときはbでもcでも同じかもしれませんが、感情にアプローチして解除するときは区別する必要がありそうです。

アンラーニング(アンインストール)で「する」を増やす

また、広義トラウマ解消などでは、条件付けで人を変えるというよりは、条件付けを解除して自由にするというのが主になります。行動を増やすというより、「できない」「やってしまう」の解除ですね。

ここでアンラーニングと呼んでいるのは、既にされてしまっているに条件付けを解除することであり、「弱化の条件付け」ではありません。

ラーニング(インストール)は教育の分野、アンラーニング(アンインストール)は治療の分野と言えるかもしれません。

たとえば、不登校は「学校に行くことを未だ習得していない」のではなくて「学校に行けなくなった」わけですから、行ったら褒めるとか、行かなかったら叱るというような、ラーニング(インストール)には無理がある場合があるわけです。

行動随伴性の消去
eしても損害なし痛み(不快↑)の消去自分の意見を言っても笑われない
fしても損害なし喪失(快↓)の消去自分の意見を言っても地位を失わない
gしなくても利得なし喜び(快↑)の消去転んだままでいても起こしてもらえない
hしなくても利得なし緩和(不快↓)の消去

eとfが罰として刷り込まれた行動パターンの解除に相当します。

曝露法、系統脱感作というような、苦手なことに慣れてゆく訓練、または信念(強い思い込み)を解除するような心理療法は、それをやっているといえるかもしれません。

たとえば、強迫性障害に対する曝露法などでは「ドアノブに触ると病気に感染する」という信念を消去するわけです。

虐めがあるから学校へ行けない子供が学校に行くようになるためには、「学校に行っても虐められない」は必要条件でしょう。

「自分の意見を言っても笑われない」という体験をするだけでトラウマが解消して、意見が言えるようになったりはしないかもしれません。そのような場合は、大丈夫体験だけでは消去できないので、感情力動アプローチを使います。というか、そういう人がKojunや力動アプローチのところへ相談にきます。

なので、Kojunのセラピーのやろうとしていることはa,b,c,dよりはe,fに近いですが、やり方が違います。Kojunセラピーでは罰や報酬よりも、感情を扱います。その違いについては別の記事で説明しようと思います。

gとhは「二次利得の手放し」「喪失と悲嘆」などが関係するかもしれませんが、ここでは詳しく述べません。

「する」を減らす8パターン

では、残り半分は同様に行動を減らしたい場合ですね。「〇〇してしまう」という形のお悩みですね。

ラーニングによって「する」を減らす

まずは同様に躾けなどによって行動を減らす場合を見てみましょう。

行動賞罰随伴性
iしたら痛み(不快↑)イタズラしたら叱られる正の弱化
jしたら喪失(快↓)イタズラしたらオヤツ抜き負の弱化
kしなかったら報酬喜び(快↑)イタズラしなかったらオモチャを買って貰える
lしなかったら報酬緩和(不快↓)イタズラしなかったら親の顔が恐くなくなった

iとjは罰によって行動を減らそうとするもので、心理療法では「嫌悪療法」というのがあります。

kとlは、iとjの裏返し一体化しやすいように思います。

また、「タバコをやめたい」などの場合には、たいていは「めれない理由」があるので、そこを扱う必要があります。ijklはどれも「やめれない理由」を解消してくれる感じがしません。

むしろ、幼少期にうけたi~lのせいで、「〇〇できない」という広義トラウマの原因のになっていることがあるでしょう。その解決がe~hですね。

アンラーニングによって「する」を減らす

では、条件付けの消去で行動が減ることを可能にするパターンを見てみましょう。

行動賞罰随伴性の消去
iしても報酬なし喜び(快↑)の消去ハードワークしても褒められない
jしても報酬なし緩和(不快↓)の消去ハードワークしても苦しみは減らない
kしなくても罰なし痛み(不快↑)の消去ハードワークしなくても叱られない
lしなかくても罰なし喪失(快↓)の消去ハードワークしなくても信頼される

まとめ


消去に関していうと、「行動が増えたどうか」ではなくて、「条件付けが刷り込まれたか、解除されたか」を扱うわけです。

行動主義の「強化」は「行動が増えること」と説明されることが多いですが、感情力動や交流分析では行動を増やすか減らすかいずれにしても条件付けが強まることを「強化」と呼んだりします。

人の行動を変えたいのか、人を自由にしたいのかの観点の違いのようにも思います。

お悩みの解決は、教育・養育の躾けと違って、条件付けの解除(アンラーニング)であることが多いです。そして、ここに書いたような条件設定はあくまで条件付けを継続しないための環境の条件であって(すなわちアンラーニングしても大丈夫な準備)、実際にアンラーニングするためにはさらに内面に触れるアプローチが必要になる場合があります。そこは行動主義ではなくて、感情力動とか人間性心理学とか愛着安定化とかトラウマなどのテーマとなります。

参考リンク:「スキナー以後の心理学(22)行動随伴性の対称性と非対称性」長谷川芳典

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