心理カウンセラーは占い師より偉いのか!?

占い師にモヤモヤする心理カウンセラー

占いを嫌う心理カウンセラーっています。まあ、わからなくもないです。似ている生業だからでしょう。

苦しんでいる人たちからお金を騙し取っているみたいな・・・・。

心理専門家の実証主義が、占いやオマジナイなどへの反発心であるは、よくあることかもしれません。

それによって症状が治ったか治らなかったか(改善率)によって心理セラピーの優劣を決めるのが、実証主義です。

実証するのはよいですが、実証されていないものを叩くのが目的になっちゃっていることがあるんですね。

私はどちらかというと占いは信じていなくて、占いは刺激材料と思っています。

でもクライアントから「占いを否定しないんですね」と言われることがあります。「占い師に・・・・と言われた」とクライアントが話したとき、その意味を考えてみるのです。

おや、上手いこと言うなと思うこともあります。たとえ占い師側の問題の表れ(逆転移)だっとしても、それでもアセスメント材料になります。なんでそんなことを言ったのかなあとか、クライアントはなぜそれを今私に報告するのかなあとか。

占いを経て心理カウンセリングに来る人もいる

さて、私のところに来るクライアントは、数十年間も誰にも相談できなかったという人が多いです。

実証主義の心理専門家は、相談者が相談に来てから解消するまでしか見ていません。

ですが、クライアントにとっては、数ヶ月の心理セラピーよりも、その前の数十年間の方が長いなんてことがあります。

そのような場合は、改善率よりも相談しやすさ、挑戦しやすさの方が価値があるわけです。

ぶっちゃけ改善しなくても、誰かに話してみた、誰かからなんか言われてみたということに価値があったりします。安全であるために、下手な専門性も常識もないほうがいいってこともあります。

実証主義によって馬鹿にされている占い師ですが、そこで初めてその悩みを話すことができたなら、それは心理セラピーの何倍も価値があるのではないでしょうか。

そして、占い師を経て、心理セラピーに来るクライアントもわりといます。「その占い師、いい仕事してんなー」と思うこともあります。それは、そのクライアント、うまいことやってんなーということでもあります。

※もちろん、いただけない占い師もいます(笑) 

クライアントが過去に占い師からどんなことを言われたかを聞くと、辻褄があうこともあります。それを言われてクライアントがどう思ったかも参考になります。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」は名言だと思います。当たるていですが、当たらなくても意味があるというわけですね。

「所詮、占いですから」という場の扱いは、ある種の安全を作り出していると思います。それは遊戯療法で「これは遊びである」とすることで安全が確保される「守り」と呼ばれている作用に似ていると思います。

カウンセラーの中にも、最初に相談されるのが得意な人がいます。そこでは解決しなかったけど、次にどこに行けばいいかが判るようになるわけです。それは紹介(リファー)するという意味ではありません。そこで心が解けて、次の一歩が見えるということです。

そして、お悩みを解決した後の人生も心理セラピー期間よりも長いことはあります。

そのお悩みがどのように解決するのかも大事だということです。

どうやら単に安全に話しただけでもない

ところで、「相談しやすさ」というと援助要請のリスクの感覚についてのお話のように聞こえますが、それだけではないかもしれません。

しかしこれらの結果からは,援助要請が抑制されるのは「援助要請をすることへ不安や恐れがある(援助要請実行のコストが高い)」というよりも,「援助要請をすることの有益性を十分認識していない(援助要請の利益が低い)」ためであると言える。

「臨床心理学領域の援助要請研究における現状と課題」(心理学評論Vol.63,No.4)永井智

これを参考に考えてみると、占いから心理カウンセリングへと流れて来る人たちも、占いで安全に話せたというだけではなく、なんらかのメリットを感じたという可能性もあります。

たしかに、「占いは役に立たなかったから心理カウンセリングに来ました」とは言わなくて、気づきや想いのようなものを持って来られることが多いです。なんだか上手く使いこなしているようにも思います。

「相談窓口で秘密は守られたけど、解決やヒントは得られなかった」とか「病院で検査したけど異常ありませんでした」とかいう体験とはちょっと違うのかもしれません。

参考リンク:
【MEET YOUR ART FESTIVAL SPECIAL】脳科学者 中野信子× 森山未來『アートと脳の関係とは?!』|Youtube