大阪での心理セラピーを受付開始していますすが、7月1~19日まで個人セッションをお休みします。

心理カウンセラーは占い師より偉いのか!?

占いを嫌う心理カウンセラーっています。まあ、わからなくもないです。似ている生業だからでしょう。

苦しんでいる人たちからお金を騙し取っているみたいな・・・・。

心理専門家の実証主義が、占いやオマジナイなどへの反発心であるは、よくあることかもしれません。

それによって症状が治ったか治らなかったか(改善率)によって心理セラピーの優劣を決めるのが、実証主義です。

実証するのはよいですが、実証されていないものを叩くのが目的になっちゃっていることがあるんですね。

わたしはクライアントから「占いを否定しないんですね」と言われることがあります。たしかに、さほど否定はしていないかも。

※もちろん、いただけない占い師もいます(笑) 

 

さて、私のところに来るクライアントは、数十年間も誰にも相談できなかったという人が多いです。

実証主義の心理専門家は、相談者が相談に来てから解消するまでしか見ていません。

ですが、クライアントにとっては、数ヶ月の心理セラピーよりも、その前の数十年間の方が長いなんてことがあります。

そのような場合は、改善率よりも相談しやすさ、挑戦しやすさの方が価値があるわけです。

ぶっちゃけ改善しなくても、誰かに話してみた、誰かからなんか言われてみたということに価値があったりします。安全であるために、下手な専門性も常識もないほうがいいってこともあります。

実証主義によって馬鹿にされている占い師ですが、そこで初めてその悩みを話すことができたなら、それは心理セラピーの何倍も価値があるのではないでしょうか。

そして、占い師を経て、心理セラピーに来るクライアントもわりといます。「その占い師、いい仕事してんなー」と思うこともあります。それは、そのクライアント、うまいことやってんなーということでもあります。

クライアントが過去に占い師からどんなことを言われたかを聞くと、辻褄があうこともあります。それを言われてクライアントがどう思ったかも参考になります。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」は名言だと思います。当たるていですが、当たらなくても意味があるというわけですね。

「所詮、占いですから」という場の扱いは、ある種の安全を作り出していると思います。それは遊戯療法で「これは遊びである」とすることで安全が確保される「守り」と呼ばれている作用に似ていると思います。

カウンセラーの中にも、最初に相談されるのが得意な人がいます。そこでは解決しなかったけど、次にどこに行けばいいかが判るようになるわけです。それは紹介(リファー)するという意味ではありません。そこで心が解けて、次の一歩が見えるということです。

そして、お悩みを解決した後の人生も心理セラピー期間よりも長いことはあります。

そのお悩みがどのように解決するのかも大事だということです。