必要なのは「死ぬな」ではなく「生きてほしい」

ゲシュタルトの祈り、という詩があります。(インターネット検索ですぐ見つかります)

それが援助職の倫理として正しいとも言い難いのだけど、真実を語っているようにも思います。

「助けたい」「助かってほしい」は願い。

「助けなければならない」は怖れ。

怖れは自分にとっての苦痛を避けているのであって、実は援助ではないのかも。

ゲシュタルトの祈りは、その怖れを手放した状態を表しているのでしょう。

たとえば、「死にたい」という人を倫理で助けることは出来ないでしょう。

「死んではいけない」と思っている人は、「生きてほしい」と思ってないことも多いです。

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