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病気を治しに来る人はいない

そういえば、私のクライアントで病気を治しにくる人はいません。それは心理セラピーやカウンセリングは医療行為ではないとかいう意味ではなくて。

精神症状などが解消するということはありますが、それは結果的にそうなるという感じでしょうか。

Kojunのクライアントたち

治る人はいますが、「治りました」という感想はあまりないです。

感想は「はじめて言いたいことが言えました」とか「生きてていいんだと心の底から思えるようになりました」とか「人との距離感が近くなりました」とか「もう恨む必要はなくなりました」とか「自分を苦しめることを手放せました」とかですね。

たとえば、〇〇症の人が心理セラピーを受けにきたとしますね。たしかに、〇〇症で困っているのだけど、あらためて目的を尋ねると「自由になりたい」とか「人生を変えたい」と言うんですね。

それは〇〇症が治ることも含んでいるんだけれども、「治したい」とは言わない。

心理的幸福感は、自律性、コントロール感、自己成長、他者とのポジティブな関係、自己受容、目的意識なと、人生の本質的な側面にかかわっている。

『トラウマ後 成長と回復』スティーヴン・ジョゼフ著

Kojunの考え

「心理療法」とも言われるように、病気を治すっぽいセラピーもあります。それは、「どうやったらクライアントの〇〇症が解消するかな?」と考え、方法を選びます。

私の心理セラピーでは、「なぜクライアントは〇〇症を解消しないのかな?」と考え、方法を選びます。

〇〇症になっているのには理由があるだろうと思うわけです。

熱が出たときに、熱を下げる方法を考えますね。ところが、熱が出ている理由はウィルスをやっつけるためだとすると、熱を下げるのは応急処置です。

応急処置で一時的に問題が改善することを家族療法の一派では「偽解決」と呼ぶそうです。

偽解決が自然治癒の余裕をつくることがあったりもしますが、根本解決ではない感じというのが当事者の実感としてあります。

また、一時的ではないものの、なにかを置き去りにしたような感じがある解決もあります。それも偽解決の一種かもしれません。

たとえば暴力被害者のPTSDの症状が治まれば解決でしょうか? 解決だと思っている学識者は多いです。

症状の解消と、心のケアを別けて考えるのも治療者の都合でしょう。

なぜならその痛みの意味を救済することでしか、ほんとうの心のケアにならない場合があるからです。

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