心理セラピストはアヤシイ

先日、心理カウンセラーの育成のしかたについての討論を聴きました。ある先生たち曰く、日本は変だという。カウンセリングをほとんどしたことがない人が大学でカウンセリングを教えていたするんだとか。日本では投資家として成功していない人が大学で経済学を教えているなんて話に似ていますね。

そういえば、心理療法はやっていても、研究実験としてやってるみたいな学者さんがいるという話はちらほら聞きます。

大学教員で尊敬できる心理療法家の人にも会ったことはあるので一概には言えないですが、なんとなくわかります。

クライアントから学べるか

つまり、正しい学術知識を集めるっていうことと、クライアントから教えられて、反省したり、悩んだり、その過程で自分と向き合ったりすることというのは別のこと。

で、後者を重視するとですね、心理セラピストっていうお仕事は、ちょっと不思議です。

ここからが本題です。

だってね、クライアントが訴える違和感に敏感なことが心理セラピストには必要なんですが、自分の言うことよりクライアントが言うことが正しいと思ってたら権威なんてないんですよね。なので、よい心理セラピストほど権威がない。これ、なんとなくわかるでしょ。

カウンセラーがクライアントから間違いを指摘されても、クライアントの前では間違いを認めてはいけない(権威を失うから)と教える先生もいるそうです。

脱落できないカウンセラー育成では意味がない

クライアントから教えられるというのもありますが、もう1つ、自分がクライアントになるという経験も重要です。

日本ではクライアント側の経験をつまなくても臨床家になれますが、臨床家が世界的にはクライアント側の経験を積むのは一般的なことだそうです。ちなみに、私が心理セラピーを学んだ方法もクライアント側の経験を中心にです。

それも、演習とか実習というような模擬的な感じではなくて、ガチに自分を扱うんですね。

そうするとですね、心理セラピーを通じて本当の自分に触れたり、心が自由になってゆくわけですから、「心理セラピスト/カウンセラーになるの、やーめた」という人たちが続出するはずなんですね。

なので、「やーめた」出口がない育成カリキュラムなんて、おかしいわけです。

実際、私と一緒に養成機関で学んだ人のなかで、本当に心理セラピストになっちゃった人は2~3割くらいでした。脱落した人たちのほうが幸せになっているようにも見えます。

米国の大学はどうなのかと聞くと、やはり「やーめた」コースはあるそうです。もともと米国は専攻分野を変更することは珍しくないそうで。

なので、心理セラピストなんていうのは、ちゃんと経験を積むほど興味を失って、「やーめた」になる確率が増える職業なんですね。

立派な心理セラピストを目指しているなんで、どこかおかしいわけです。

気をつけましょう。

せめて、こんな話を読んで怒り出すセラピストではなく、笑えるセラピストを雇いたいと思います。

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