自己一致すると見えてくるものがある

「自己不一致」というのは、自分に正直ではないことを言います。それは人間だれしも持っているものだと思います。

一般的には「自己一致していない」と言うのでしょうけど、私は完全一致を目指すよりも、必要に応じて不一致を解消することをお勧めするので、「自己不一致」という言葉を使います。

分かり易い例では、「怒っていませんっ!」と声を荒げているような状態です。

Th(セラピスト)「拳を握りしめていますね」
Cl「あっ、そうですね。私怒ってるのかしら」
Th「ためしに『腹立つわー』と言ってみては?」
Cl「腹立つわー。おおっ!? 私ほんとうは怒っていたのかもっ」

そうして、十年間も泣き続けた離婚トラウマが解消したりします。本当は泣きたかったのではなくて、怒りたかったのですね。

このセッションは15分程度。それくらい簡単なことなのです。

一方で、こんな人もたくさんいます。

Th「拳を握りしめていますね」
すると、手のひらをさっと開きます。

Th「声を荒げていますね」
すると、急に声のトーンを下げます。

「私は怒っていない」という意識に、行動を合わせたわけです。

「どうして今、席から立ちあがったのですか?」
「それは・・・、トイレに行こうと思ったんですよ!」

そして、本当は行きたくないトイレに行きます。もしくは、実際にトイレに行きたくなります。

そのようにして、見える世界(出来事の解釈)も、現実までもが作り出されてゆきます。

念のために申し上げますが、セラピストは「嘘はけしからん」と裁こうとしているのではありません。クライアントの要望に従って、善し悪しに無関心に不一致(かもしれないことろ)をほぐしてゆくのです。不一致を解くのはクライアント自身です。

「行きたくないトイレに行く」「日程の都合を悪くする」に始まり、非真実は広がってゆきます。それは「やりたくないことをする」「したいことをしない」「仲間を嫌いになる」「有害な人を引き寄せる」「出逢いがない」などのことを作り出したりもします。

自己不一致が作り出すその非真実の世界は、ある程度は許容する必要もあるかと思います。世界の半分は闇でよいのかもしれません。
セラピストは不一致を解こうと頑張るセラピストも多くいますが、私はクライアントが解きたければ解くだろうと思っています。なので、(不一致が解けることによる)成果は約束しません。クライアントが好きなように選べるようにガイドしてゆきます。

一方で、自己一致を増やすことで得られる真実の世界は、あなたが本当に求めているものかもしれません。

心理セラピーでは、全ての非真実を暴こうとするわけではありません。お悩みのポイントのみについて、ご自身で光を投げかけてもらいます。それを批判的にではなく、面白くやるのです。

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