医療には出来ないこと

すごいタイトルですよね。少し以前なら、権威セクターの先生たちの逆鱗に触れますね。今でも怒る人はいると思いますが。

で、本題です。

いくつかの相談事例について福祉関係者の方々の意見を聞く機会があったのですが、いくつか気になることがありました。

その一つ、事例研究で心理的なトラブルがあるとすぐに「精神科の受診を進める」という意見がでるということ。これは精神疾患かもしれないということではなく、合いそうな医師に心当たりがあるとかではなくて、人が取り乱したりしたら「なんとなく精神科」というのがあるようです。

事例解説でも語られていましたが、事例の背景には社会的に追い詰められた状況があります。なので、大声を出すとか、問題行動があるとかは、必ずしも病気ではないのです。

あなただって、ワニのいる池に落ちたら、叫んだり、なかなか気づいてくれない人を罵倒したりするでしょう。

たとえば、「家族の持ち物を壊す」なんてケースがあったとします。

※ありがちな別の仮想事例です。

相談員の方々は、精神的な問題が起きてるかもということで精神科と発想するわけです。

状況的な背景を考えると、それらの問題行動はなにかを分かってほしいというメッセージだと思います。

ですから、心ある相談員はそこを聴こうという意見になります。あるいは分かってくれそうな人に繋ぐわけです。

医師の5分間診察では分からないかもしれないのです。病名はつけてくれるかもしれませんが。

ある実際の事件で、虐めや性暴力を受け続けていた少女。自殺する前に医師にPTSDと診断されていました。PTSDということは深刻な事件が起きていると分かるはずですが、そこは対処されませんでした。医師はPTSDの診断はできても、PTSDになる状況を理解したり、そこからの誘導はできないのです。むしろ福祉の人こそが総合窓口になることが期待されるでしょう。


また、過去に精神通院歴があると、なおさら「まずは精神科」となりやすいようです。過去に精神を病んだことがある人について多くの相談員は「この人はこころに問題を起こしやすい」をイメージするようです。

私なら「(今ではなく)過去に精神通院歴」と聞くと「心の成長を経験した人」をまずイメージしますが。

対応が難しいとされる別の事例では、高学歴の父から責められてきた低学歴の人が、家を出て低収入ながら真面目に仕事をしていたが、「こんな意味のない仕事やってられない」とぼやきだして、問題行動が始まったなんてのもあります。(これも仮想事例化してます)

福祉では問題が吹き出した状態で相談や通報があるようですが、私のところにはその一歩手前の当事者が相談に来ます。同じような状態にあって、通報されるのではなく、ご自身で相談に来るケースです。

克服してゆくクライアントたちからの学んだところからすると、この事例はこんなメッセージを含んでいるかもしれません。

「こんな意味のない仕事なんか」というのはまさに父親の「高学歴、立派な職業じゃない人間はクズだ」という世界観を貰っちゃってるのです。それに苦しめられて、逃げだしてきたけど、心理的には逃れてないのです。この方は正しい判断をしてこられた。あともう少しです。でも選択肢が尽きて問題行動となっています。ワニの池で最後のあがきです。

相談員が安易に「精神科の受診を」と言うとき、心当たりのある医師を思い浮かべているのではなく、「医師」という肩書きを盲信しているのだとすると、それはこの方が父親から押しつけられた「立派な学歴や職業の人間はOK」という観念を支持するものです。

※余談ですが、相談員を父性的か母性的かという観点でみると、頼れそうな点、頼れない点が分かりやすくなります。

少年非行などの分野でも、やたらと「精神科に診てもらう」という意見が多いらしく、ベテランの心理鑑定者は「精神科に連れていくとなにが起きるかよく考えてください」と忠告していました。精神科につないでも、家庭環境のことなどは診断してもらえませんし、そういったことへの癒しが与えられるわけでもありません、「やっと信用できる大人に出逢えた」なんてことが起きやすいわけでもありません。

問題行動を異常として捉えるから、とにかく精神科ってことになるんじゃないでしょうか。

ここに挙げている事例は、脳の損傷とかではないですからね。

問題行動を病気として治すアプローチでよいのでしょうか?

私のところに来る人たちは、「精神科は必要なら行きます。薬によう対処療法も知ってます。でもそれでは解決しないと思うのです。主治医がいるとセラピーやりにくいのなら、主治医はクビにします」と言います。

問題行動を病気として治すアプローチは、「低学歴で疾患持ちであることは悪だから直せ」というその方を支配する病にそっくりだと気づいています。ただ、言えないなです。

上述の事例の場合、父親から貰った世界観を手放すための「治さない」心理セラピーをします。治そうとすると、それこそが問題の世界観だからです。

治すでのではない、諦めるでもない、別の方向へ旅を始めたいのです。

クライアントたちはそれを「自由」と呼びます。福祉や医療はそんな贅沢は想定してくれないというわけです。

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