AI にカウンセリング できるのか っていう話なんですが…まあ、できますよね。
1年間くらいか、この議論が始まった頃に既に、カウンセラーに相談してる人の数よりも AI に相談してる人の数の方が多かったと思いますよ。犬に話しかけて心の支えにしている人もいるし、神に祈ったり、本に心の助けを求める人もあるのどから、もともと人間でなくてもよいのですよ。
専門知識? そりゃ、心理師よりAIが上でしょう。
そこでね、AI にはできない、人間だからできるカウンセリングがあるって、言いたくなってる心理職も多いらしいの。
うーん、人間ぽく寄り添うカウンセリング なんて、AIには 簡単にできるんですよ。
人間にしか出来ないカウンセリングがあるとしたら、痛みがある、苦しみがあるって事なんだろうと思う。
例えば 老いるのが恐ろしいという悩みに対して「それはそうなんだけど、それも含めて、老いも悪くないよ」と一回り年上の人が言われたら世界観は広がります。あるいはその悩みを傾聴してもらうと、心が整う助けになる。老いの苦しみを乗り越えてる人(人間)だから出来る話し相手。
性暴力を受けたことがある支援者が「私は汚くない。あなたも汚くない」と言えば、それは効きますよ。被害の経験がない人やAIが言っても、「なに綺麗事言ってんねん」ってなりますよね。
つまり 当事者性っていうのが効いてきます。苦悩を知る者だけが言って意味のあることがあります。
言い換えれば、ピアサポートとか、リフレクティングやモデリング(助言ではなくもうひとりの当事者を見せること)がカウンセリングの中で人間の役割として残るのだろうと思います。
ところが、臨床心理学の専門家たちは、当事者性をバカにして排除してきたんですよね。専門知識が人を救う、専門教育を受けた人が本物だと言ってました。でもその専門知識は AI にかなわないんですよ。
脳科学に心理学はのみこまれ、AIにカウンセリングの仕事を奪われそうになって、「人間だからできるカウンセリング」なんて言い出しても、その一番大事なことを排除してきたじゃないですか。そのことは大きな間違いだったってことじゃないかしら。
かつては、臨床心理士が私たち当事者コミュニティのイベントに見学に来ていました。学び合っておました。それから、当事者排除の時代となり、私なんぞは研究会への参加を断られたりしていましていました。それがまた最近は心理師の研究会に誘われたり、精神科医から「当事者からどう見えるん?」て尋ねられたりするようになってきました。


