「自分がない」というお悩み

人の悩みは人間関係、お金、健康(病気)がほとんどを占めると言われてきましたが、実はここ数年間は「自分がない」というテーマを聞くことが増えています。

もともと、生きる意味が欲しい病みたいなのとか、自分探しとか、やりたいことがわからないという悩みなんていうのはありました。なかったわけではないです。ただ、その問題での困り方が時代とともに変わってきたということでしょうか。

どうしたいか分からない、それが嬉しいかどうか分からない。自己判断を求められたり、お手本がない時代だからでしょうか。

私がさきほどから思っているのは、グレープフルーツジュースが飲みたいってことです。まるで匂いがわかるくらい、その感覚がある。

かつて欲望が破壊されていた時期のある私にとっては、それは新鮮な体験です。自分が欲しいものがわかるってこういうことかと。自分の感覚があるってことなんですね。実は五感に似ています。

「みんながそうしているから」「褒められたから、またやりたい」のような外から与えらえた答えとか、「勝ち組企業に就職したい」「かっこつけるために英語ぺらぺらになりたい」のような恐怖から生まれたものは、自分の感覚のその五感に似ている何かとは違うようです。

ビジョンという言葉なんかも、「見える」という感覚があるって言う人がいますね。五感の予感みたいになっているのかもしれません。

こんな気持ちになりたい、なんていうのもそれに近いと思います。得たい情動とでもいいますか。

それらの「自分の感覚」がないと、「これができたら嬉しいはずだ」みたいな推論に頼ることになりますね。

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