手のなかの花

「克服」か「治療」か

近年の心の悩み当事者の傾向として、悩みを克服したいというよりは、治してもらいたい/助けてもらいたい/ケアされたいという人が増えているように思います。

以前は制度や権威のない世界でしたので、当事者は自分で支援者を探し回ったり、いろいろなアプローチを試したりしていたので、自ずと主体的になっていたと思います。

その頃から、「カウンセラーにJISマークのような認定があると自分で判断しなくてよいのでいいな」と言う声がありました。

カウンセリングや心理療法での心の成長といのは、自分で判断せずに正解を求める生き方から、思い通りにならない現実に委ねながらも自分で判断する主体性へと向かうことが多いことを考えると、逆行とも捉えることができそうです。

主体的でなくなってきたのは、実際にJISマーク的なサービスができて、心の悩みをもつ人たちの裾野が広がったということかもしれません。

また、悩み苦しむことを罪悪とする世に対抗して、「あなたは悪くない。たまたま病気なだけです」と言ってほしいというニーズでもあるように思います。

心理セラピスト(心理療法家)の間でときおり議論となるテーマに「苦しみをなくすセラピーか、幸せになるセラピーか」というのがあります。それで言えば、近年は「苦しみをなくしたい」が増えているのかもしれません。

実は「幸せになる勇気」を持たないかぎり解消できない苦しみもあります。セラピー業を続けていると、そんなことが見えてきます。

※ここで言う「幸せ」とは、「人生の成功者」みたいなものではありません。「人生を楽しむ」は近いかもしれません。

幸せになるというのは上述の主体的になることと関係が深いものです。

治療してもらうというのは、どこかしら元に戻してもらう感じです。病気が治るとか、社会復帰とかですね。

克服するというのは、自分で治療することとも言えますが、これは元に戻るというよりも通り抜ける感じがします。

本来の自分に戻るとは言えますが、悩む前に戻るわけではありません。

また、逆に脱病理化、当事者中心の動きなど「治療」から「克服」への流れも加速しています。

苦しいときは、苦しくなかった頃に戻りたいのか、戻りたくないから苦しいのか、自分に問うてみてもよろしいかと思います。

JISマークで支援サービスを探す手間を省きたいか、主体的に探し回りたいかのヒントになるかもしれません。

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