大阪での心理セラピーを受付開始していますすが、7月1~19日まで個人セッションをお休みします。

カウンセラーは共感的理解してくれるのか?

クライアントがカウンセラーに「はじめてわかってもらえました」とか「はじめて聴いてもらえた」と言うことがあります。

心理支援の教科書や心理職の資格試験によると、カウンセラーが「あなたの気持ち(あなたのこと)が分かりますよ」と言ってはいけないとなっています。「わかるよ」と言うのは、個別性を否定するものだという意見があるようです。

「わかるよ」にもいろいろあるように思います。「私がもっている経験や知識と同じでしょ」という意味なら、個別性の否定でしょう。でも、「私がもっている経験や知識と共通点がありそうですね」という意味なら、そんなにおかしくなさそうに思います。まったく同じだと言っているのではなくて、共通骨格があると言っているわけです。

カウンセリングの教科書的には、話を聴いて「そうなんですね」と受け止めることが共感的理解だとされています。でも、これをされて「カウンセラーって共感しようとしてくるからキモイよね」という感想も聞いたことがあります。なんかわかる気がします。←共感的理解(笑)

そうだとすると、共感的理解って、努力して理解してくれるのもいいですが、やっぱり「あ、それわかる」って言ってもらいたいという気持ちもあるのではないでしょうか。

セクシャルマイノリティの気持ちをセクシャルマイノリティではない人から「わかるよ」とは言われたくないですが、別のセクシャルマイノリティから「わかるよ」と言われて救われることはあります。

ただ、マニュアル化するとすれば「わかるよと言ってはいけない」が正解でしょう。[1]最近の心理支援はマニュアル化が好まれています。それもわかります。

同じような言葉で語られていても、やはり一人ひとり、苦悩は違います。そして何よりもまず、その苦悩を味わっているのは、この世にただ一人、独自の存在であるその人でしかないのです。(中略)他の誰にも絶対に分かりえないものです。

杉原保史『プロカウンセラーの共感の技術』

逆転の共感的理解

ところで、Kojunのカウンセリングではどうなっているかといいますと・・・・

よく言うのは、「こんな感じなら分かります。あなたがこれと同じだとは言いませんが」と言います。そして、クライアントの反応を受け取るわけです。

つまり、「わかる」と言っていいかどうかというよりは、クライアントの自由な反応を重視するのです。仮説をぶつけてみる感じですね。

そして、一般的なカウンセリングの共感的理解と逆のこともします。

カウンセラーが分かるのではなく、カウンセラーの語りに対してクラインが「それわかるわー」と言ったりします。

共感的理解をするのはカウンセラーではなくてクライアント側だったりします。(笑)

目的は共有できる主観を見つける[2]間主観アプローチことですので、どっちでもいいのです。

脚注[+]