怒りを出せない 人になると、 優しさを出せない 人になる

怒りを出せない人になると、

優しさを出せない人になる

ということもあります。

おとなしいけど、優しくはない。

怒りは攻撃だという思い込みも一理あるけど、それなら悲しも攻撃です。

「人を悪者にするためではなく泣くことができること」

「人を痛めつけるためではなく怒ることができること」

は似ています。

「人を痛めつけるためにしか怒れないこと」と、

「人を悪者にするためにしか泣けないこと」は、

似ています。

人を悪者にするということと、怒りを出せないことは表裏だったりもします。

私は「怒り」を救済するために、これを「憎しみ」と呼びます。

あなたが嫌っているのは「怒り」ではなくて、「憎しみ」かもしれません。

「怒り」は”自分”の身体反応に過ぎませんが、「憎しみ」は”相手”の不幸という目的がセットされたプログラムのように長期的に人を巻き込みます。

 
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