グループセッションでの自己開示

Facebooktwittergoogle_plus

一連のグループセッションを終えました。ご協力方々や参加者のおかげさまで、大変もりあがりました。

グループセッションで、よく一部の参加者が言われること。「心を開きたい、自分を開示してみたい、でも抵抗もある。でも、今回は大丈夫な予感がして来てみた」

何を話すか話さないか、ご自身で判断していただいています。どこまで開くかも。

で、あたたかくて、たのしかったと。

わたし、以前、生きづらい悩みをもつ人たちの自助グループイベントにも参加してきました。そこには慎重な工夫がありました。数分間、誰も喋らないこともよくあります。

集団療法と称したグループワークで、人が心を閉じるのも見ました。

一方で、サバイバーのワークショップでは、とくにガイドラインもないけど、お互いを傷つけない人たちというのを見ました。鎧をもたない人たちは、お互いをどのように扱うでしょうか。

一般向けのワークショップでも、やたらと自己開示をせまると何が起きるかも見ました。

大事なテーマに正面から向き合っている人が、心を守ろうとするのは当然と思います。開示にはリスクがあります。

一方で、やはり一人ではできないことがあります。

「安全を保障するから、開示しなさい」というのではないです。

つながるって、こういうことですよね、という体験のガイドです。

リスクのある中で、私たちはいかに手を取り合えるでしょうか。

 
心理的な相談をしたい方は、個人セッションをご検討ください。⇒サービス案内
 
自分に嘘をつかない生き方のメール講座はこちら。⇒無料購読
 
ブログ更新をメールでお知らせ→

Facebooktwittergoogle_plus

お知らせ
【お知らせ】旧いブラウザーでの閲覧ができなくなります。

サーバー運用会社より連絡がございました。セキュリティ強化のため、通信暗号化技術のバージョンの旧いブラ …

人間関係
怒れない人の世界観は暴力的

怒りを表現することが抑圧されている人がいます。「私、怒れないんです」と自覚している場合もありますし、 …

体験談・事例
泣き止むには、まず泣かないとね。

泣き止むには、 まず泣かないとね。かつて自身のセラピーに没頭した頃、自分の中の何かが泣き止むという体 …