ブレーキを外してはいけない人もいる

背中を押しても動けない人がいてね、「ブレーキがある」なんて言われるのね。そうなると、自己啓発や古典的なコーチングが効かないなんて言われるにゃ。

で、ブレーキを外すセラピーというのがあたりする。

たとえば、対人不安があるから伸び伸び活躍できないという場合、対人不安を解消すると伸び伸び活躍できたりする。これを「ブレーキが外れた」なんていうのかしら。

「ブレーキのある人は、アクセルを踏んでも苦しいだけ。背中を押したらだめよ」なんてね。

ところがね、ここからが本題よ。ブレーキを外したらだめな人もいるの。

愛着のテーマとかね、スキゾイドのテーマとか、そのあたりかな。

これは、先の解放セラピーだけではだめで、足りないピースを入れる必要がある。

ゴーストを成仏させる旅ではぬくて、失われたピースを探す旅ね。

「背中を押したらだめな人」

「ブレーキを外したらだめな人」
は、どちらもブレーキあるんだけど、事情がだいぶ違うにゃん。

ブレーキ壊れた自転車で、下り坂を進んでみたらわかるにゃ。

足を地面につけてブレーキかけようとするにゃ。

「せっかく動いたのに、ブレーキが邪魔したね」というのは、的はずれにゃ。

下り坂を進むには、ブレーキが必用なの。

そういう人は、まず「殻を破れー」とかの助言に挫折し、次に「ブレーキを外せ」の助言に挫折して、なんとなく敗北感をもっていたりする。

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