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「生き辛さ」と「苦労」は異なる

私のクライアントの主な主訴である「生き辛さ」というのは、分かってもらいにくものだと思います。

クライアントの多くが「分かってもらえない」と言います。それは生き辛さのことかもしれません。

「生き辛さ」というのは「苦労がある」というのとは違います。

ですから、「生き辛い」と語っても、「誰だって大変なことはあるよ」と返されてしまうのです。そして、苦労や困難がない人生を求めているんだなと思われてしまいます。

「生き辛い」というのは、苦労や困難があるというのとは違うのです。どちらかというと、苦労や困難への対処が難しいといった感じかもしれません。つまり、なにかが出来ないのです。

「生きるのが難しい」とも言えるかもしれません。

それは当たり前の何かが出来ないこと。

そう、何かが無いのです。

ですから、私のクライアントの望みは苦労や困難が無くなることではありません。苦労や困難に対処できるようになりたいわけです。

「雨が降っているから困っている」と「傘が無いから困っている」の違いかもしれません。

もちろん、苦労や困難でも困っていますが。それについては福祉などに訴えるでしょう。心理セラピストを訪ねる人は、なにかを手に入れたいと思っているのではないでしょうか。

個人セッションお申込みの相談内容は、「〇〇症状をなくしたい」「〇〇から逃れたい」という表現は意外と少なくて、「〇〇なりたい」「〇〇がほしい」というような表現が意外と多いです。

「苦しみから逃れたい」というのはあるでしょう。でも、「私にとっての幸せはなに?」「私はどうなりたいのか」へと問いが変わってきた人が訪ねて来るようです。

身体症状に喩えると、麻酔で痛みをわからなくしてほしいという相談はあまりないということかもしれません。

もちろん、苦しみがなくなってほしいとは思っていると思います。

ですが、「誰にだって苦労や困難はあるよ。だからあんたも我慢しなよ」と言われたら、なんだか分かってもらえていない感じがするのではないでしょうか。

「傷つかなくなるなんてことはないですよ」「人生から苦しみがなくなったりはしないでしょ」と言っても、私のクライアントはがっかりしないです。「やっと話が伝わった」というようにホッとした表情をされます。

失われたものを探しに来ているような印象です。

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