技術や心理学を学んでもセラピストにはなれない

技術や心理学を学んでもセラピストにはなれないと思います。

それは、数々のちょっと恐い実体験から学びました。その話はしませんが…

心理学や手法手順を学んでもなれないのは、葛藤に付き合う場面があるからです。

実際のやり方とは違いますけど、たとえば「あなたは何を恐れていますか?」という質問をする役みたいなものです。

それを尋ねるということは、クライアントの防衛反応に反撃されるということ。しかし、面白いことに、反撃されても平気なら、反撃されなくなります。

セッショニストが反撃をうけないように、その役をくじ引きやカードなどのツールに言わせるという手法があります。カードなどのモノは反撃を恐れないからです。だからクライアントも反撃しない。

しかし、本格的なテーマとなると、モノでは届かないところがあります。

だから、人に好かれたい人や、嫌われるのが苦手過ぎると、セラピストには向きません。

クライアントの防衛反応に防衛反応してしまうからです。

それまでにセラピストの反撃を受けてきた経験のあるクライアントは、最初に刺々しい態度で試してくることもあります。

だからといって、サイコパスな感じでもセラピストは向いていないと思います。そういう人はクライアントをカモと呼んだりします。

「あなたは何を恐れていますか?」と聞かれて、正直に答えたくなるセラピストを選ぶのがよいと思います。

心理学を学んだ人は往々にして、本人の意思ではなく、その心理学の知識によって問題を特定し、直そう正そうとします。

知識よりも本人を信じながら、嫌われることを恐れないというのは、パラドックスです。あたかも、相手を信じながら「あなたは間違っています」と言うようなもの。

体験を知識が越えてしまうと、それはできなくなります。

お勉強や練習でできるものでもないように思います。それは、どんな人間であるか、だと思います。

そんな風に思う場面があります。

 
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