人の心理は自然科学で理解できるのか

私は自然科学(と科学哲学)を学んだことがあります。そんな人に心理を扱えるわけないと言う人もいますが、物理化学の出身の心理の専門家はけっこういます。

心理セラピーを学ぶ人たちに興味をもたれる反還元主義について書いてみます。

還元主義の限界

還元主義とは部品に分解することで理解できるという考え方です。正当精神医学というのも概ねこれだと思います。

たとえば、ウツはセロトニンの不足であるとか、ドーパミンの過剰が統合失調症の原因になるとか、トラウマは扁桃体の過剰反応だとかでしょうか。

局所論になるほど解明されたとする価値観ですね。

抽象的な概念を用いたフロイトですら、リビドーというのは物理学的なエネルギーとして解明される日がくると想定してたんだとか。

しかし、実際の人間に起きる問題は様々な要因が絡んでいて、局所論的に理解することは難しいのが現実です。すべての悩みや問題に対応する脳細胞や神経伝達物質があるわけではなさそうです。

そのようなバイオマーカーが見つかったところで、「それもあるけど、それだけで説明しないほうがよいよね」となるわけです。

心理学を物質と切り離そうとする人たちが持っている自然科学のイメージもこのような還元主義を指しているのだと思います。しかしそれは百年前の自然科学です。

雨粒と反還元論的アプローチ(ホーリズム)

雨粒は水の分子で出来ています。水の分子は酸素原子と水素原子で出来ています。原子は電子と原子核から出来ていて…というように還元主義の研究をしても明日の天気は予測できません。

水の分子がたくさん集まるとどうなるかとう方向に研究して、気圧とか気温とか風向きとかマクロな現象(流体力学)を解明してゆくと天気予報ができます。

この方向を反還元主義(ホーリズム)といいます。

脳についても、右脳左脳→脳細胞→細胞膜電位→カリウムイオン移動というように還元していっても、人の心について肝心なところはわかりません。

虐待された人の脳のこの部分は萎縮しているとかはありますが、怨みに人生を捧げるか、克服するかといったことは扱えません。克服とは、脳機能を普通の人に近づけることではなく、自分で人生を選択することや、そこに生じる苦悩をどのように意味づけるかなど、還元主義では扱えないテーマがあるからです。

明日の天気を扱うには、反還元主義が必要なのです。

ちなみに、私が影響を受けているゲシュタルト心理学も反還元主義(ホーリズム)の系譜です。

脳科学にホーリズムをもたらす情報科学

脳における反還元主義は情報科学(計算モデル)が担います。ニューラルネットワークでは、脳細胞を忠実に再現するのではなく、むしろ単純化してそれがたくさん集まるとなにが起きるかを研究します。神経細胞が層になったらどうなるか、ループを含む疎結合なったらどうなるかなど。

物理化学的に還元することはそこそこにとどめるのです。材料を無視して構造を見てゆきます。あなたがこのページのフォントがなんなのか気にせずこの記事を読むように。

そうすると心理現象のからくりが見えてきます。つまり、心理現象のソフトウェアを観るといいますか。

たとえば、人間は信念(思い込み)を通して知覚をするといった心理学的にぼんやり知られていたことが、どのような構造から生じるのか分かります。信念というデータが脳のどの部位にあるかを問題にしなくても、人の心を物理化学と矛盾することなく説明できちゃうのです。

従来の心理学と異なるのは、物理化学を否定する必要がないということです。物理化学を否定しなくても、還元主義を超えて心理を扱えるわけです。それにより学際的になり得ます。

数学ではベイズ推定というのがあって、不確かな世界を人間がどのように予測判断して生きているかのモデルを示しています。これも脳のどの細胞がなんてことは解明しなくても、そんなことが可能であるということが議論できるのです。

人間の心の仕組みがそれらと同じなのか、それ以上のものなのか分かりませんが、少なくとも不思議世界の超常現象とする必要はなくなります。

かつてのように「地位のある先生が言ってるから正しいのだ」という権威主義ではなく、オープンに意見や仮説を言い合えるわけです。

還元主義すぎる正当精神医学でもなく、権威主義すぎる臨床心理学でもない、現代科学っぼい柔軟さがあるように思います。

参考

  • 『計算論的精神医学』国里愛彦、片平健太郎、沖村宰、山下祐一
  • 『カールソン神経科学テキスト』ニール・R・カールソン

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