人工知能からみた心理療法

かつて学生時代に認知科学(AI関連分野)を専攻した心理セラピストが、個人的な視点を呟きます。

ここではAI(人工知能)によって心理療法ができるかという話ではなく、AIを通して心理療法の理解を深める試みをしてみます。

(認知科学では、実際の脳の詳細構造を明らかにするのではなく、むしろ単純化されたモデルで脳機能を再現したり説明したりすることで脳についての理解を深めようとすることをモデルベースアプローチとか構成論的アプローチと言います)

なお、当ブログは学術研究ではないので、メタファー/視点としてご覧ください。

認知行動療法は制御アルゴリズム的

認知行動療法というのは手順化やマニュアル化しやすい特徴があります。それは情報処理の用語では制御アルゴリズムのようだと言えるでしょう。

予め決めた手順を繰り返してデータを集めることができるので、効果検証がしやすい(エビデンスが作りやすい)ということでもあります。

ですので、認知行動療法は「エビデンスがあるよ」という宣伝文句が使われてきました。それは効果が高いという意味に聞こえますが、「効果検証しやすい」という意味でもあったように思います。

そこに臨床心理学における誤謬Aが重なって、「精神分析的療法などは科学的エビデンスがないからダメだ」と言われた時期があるようです。

誤謬A:「効果検証が出来ていない = 効果がないことが証明された」

「エビデンスがない」ということは「科学的にはなんとも言えない」となるのが科学の態度なのですが、勢力争いの文脈ではエビデンスがないだけで否定されちゃうんですね。

それは暗黙知の否定とも言えますが、科学技術はむしろ暗黙知を否定しない方向にブレークスルーしているということを以下にみてみましょう。

精神分析的療法/ゲシュタルト療法はニューラルネットワーク的

では、手順に則った操作的な実験によって効果検証がしにくい、すなわち暗黙知のウェイトが高い精神分析的療法などは、情報処理の視点で見直すと、昨今世間を騒がせているAIのニューラルネットワーク(ディープラーニング)に近いと思います。ゲシュタルト療法なんかはもっとそうです。

精神分析的療法/
ゲシュタルト療法など
認知行動療法など
暗黙知重視形式知重視
ニューラルネット的
(ディープラーニング)
制御アルゴリズム的
(明確な手順)

精神分析は「分析」というくらいですから、AI技術のパターン認識に似ているところがありそうです。

見立てるにしても、介入を決めるにしても、なかなかマニュアル化できなくて、抽象的な概念(名前すらない概念を含む)を経験的に学習することになります。

抽象的な概念(たとえば「転移」とか「退行」とか)を見立てることは、ニューラルネットワークの中間層に相当するのですが、それらの判断ルールは複雑で、理路整然と言語化しにくいところがあります。

つまり、精神分析的療法/ゲシュタルト療法などは暗黙知の側面が大きいと言えます。とくにゲシュタルト療法は理論化やマニュアル化を嫌う伝統が強くありました。それだけ暗黙知を大事にしているのでしょう。

逆に認知行動療法はかなり形式知にすることに成功していて、暗黙知をあまり必要としないアプローチと言えます。

精神分析はマニュアル化できないので、「経験を積む」ことが重視されます。精神分析が逐次録のスーパービジョンや臨床経験時間を重視することは、ビッグデータによる機械学習とアプローチがよく似ています。臨床経験によって治療者のニューラルネットワークを育てていると捉えることができます。

そこで、精神分析のエビデンスづくり(効果検証)としては、「マニュアル通りの手順」に代わって「トレーニングを受けたセラピストが治療した場合」の効果が検証されました。

しかし、ここでも上述の誤謬Aが発生します。

「そのトレーニングを受けたセラピストの効果がある」→「そのトレーニングを受けていないセラピストは効果がないはずだ」みたいなことになって、そのトレーニングを受けることだけが唯一の学習法だるかのように、ここでも他者否定のために使われてきます。

誤謬Aの被害者だった精神分析が今度は加害者になる。精神分析、お前もか(笑)

ネイティブセラピストは転移学習!?

では、心理一筋ではなく、社会人経験や当事者経験をベースに心理セラピストになったネイティブセラピストはどうなっているのでしょうか?

AIやニューラルネットワークでいうところの「自然言語処理の転移学習」と似たようなことが起きているのではないかと思います。

※転移学習にはいろいろあるので、ここではちょっと狭い意味で使っています。また、メタファーとして参考にするだけですので、厳密な話ではありません。

最新のGPTとかBERTというAIは、転移学習を取り入れて飛躍的進歩を遂げそうです。

自然言語に関するAIは、まず自然言語(たとえば日本語)というものがどういうものかについて大量のデータを用いて学習します。(事前学習)

そして、それに加えて特定のお仕事(たとえば質問応答、文章添削など)のための学習をします。(転移学習)

大量データによる事前学習がさせておいて、比較的少ないデータでその仕事が出来るように訓練します。

 事前学習:大量の日本語に触れる

 転移学習:質問応答の練習をする

つまり、質問応答の練習だけしていても飛躍的な成果はでなかったのですが、その仕事の範囲に捉われない広範な日本語体験を予めしておくことでGPTのような飛躍的な成果が出たということです。

GPTのPはPretrained(事前学習された)です。

   事前学習の量 ≫ 転移学習の量

これをカウンセリングに当てはめてみると、こんな感じでしょうか。

カウンセリングの練習だけでは限界があり、先立って人としての膨大な経験を積んでおくことが重要であるという示唆です。

ネイティブセラピストは社会人経験や当事者経験により大量データの事前学習が行われている。それに前提にカウンセリングという仕事の経験を学習すると飛躍的な学習効果が実現される。

この事前学習というのは、カウンセリングという場では語られないようなことを含め、心の悩み、人間関係、克服プロセスに関するあらゆる経験が含まれます。

ただ、社会人経験や当事者経験が臨床経験に劣らず重要かもしれないなんてことは、多くの専門家にとってあまり都合のよくない話題かもしれませんが。科学者にとっては興味あるかもしれません。

参考

ここに挙げたのは便宜的な世界観ですが、関連分野の学術的な入門書としてはこちらをお勧めします。

※当サイトの記事には実践経験に基づく意見や独自の経験的枠組みが含まれます。また、全てのケースに当てはまるものではありません。ご自身の判断と責任においてご活用ください。

※当サイトの事例等は事実に基づいてはいますが複数のケースや情報を参考に一般化して再構成、フィクション化した説明目的の仮想事例です。

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