不完全な愛を拒絶すると、偽りの愛が欲しくなる

ある種の心の問題(愛着不安定、愛着障害など)が解決してくると、映画のような綺麗事の愛のストーリーなんか求めなくてよくなるようです。

それよりも不完全な愛のストーリーをありがたく思えばよいと思います。

「愛なんか欲しくない」と言う人は、不完全な愛を拒絶して、綺麗事でも完全な愛を期待しています。

完全な愛を期待しているから、「愛なんか欲しくない」となっています。

完璧な愛という幻想のルーツは、赤ちゃんや幼児にとってのお母さんだったりします。お母さんが与えてくれます。

受けとれた人は、不完全な愛も受けとれます。

受けとれなかった人は、不完全な愛を受けとれず、完全な愛を探し続けます。不完全な愛を拒絶していると、偽りの愛に惹かれるようになったりします。

受けとれなかったけど、欲しかった自分を受け入れた人も、不完全な愛を受けとれるようになります。

不完全な愛が恐怖の対象でなくなると、偽りの愛が必要なくなります。一つの完璧な答えがなくとも、複数のまあまあ良い答えを頼って進めるようになります。善意の支援者も自身を犠牲にしてまで助けてはくれませんが、そんな限界ある支援者の助けへの怖さも減ります。

よく母親との心理的問題を解決された方が「母なりに私を愛していたのだなと思いました」と感想を述べることがあります。私のクライアント(来談者)にもいますし、他のところで克服された方の感想にもあります。それは母親に関する事実が判明したとかいうことよりも、ご本人の心が「不完全な愛」に対して開いた状態を表しています。

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