何かの行動がどうしても出来ない。普通なら出来るはずのことが出来ないというとき。
他人に説明できないなにかがあって、心臓が潰れそうな感じがする。
批判されそうだから理由を話せないものや、言葉に出来ない漠然とした感覚のものもある。
社会的な善し悪しはともかく、そうなっているには、理由がある。怠けてるとか、甘やかされてるとかいうものでもなさそう。という場合。
いつもながら独自の切り口の私見ですが、克服のアプローチは、3つあるように思います。
1)やってみたら大丈夫になる
出来ることをやってみる。殻を破るためのセミナー、コーチング。
多くのマジョリテイがこのアプローチで人生を切り開いているので、書籍や一般知人のアドバイスにも多いかと思います。
背中を押すとなおさら拒絶反応が起きるようなデリケートなケースには、スモールステップや行動療法・暴露法的なアプローチが有効な場合があります。これらは拒絶反応が起きる心理メカニズムに配慮して丁寧に行う方法を含みます。
自己効力感もこれにあたると思います。
2)隠れた感情(ブレーキの正体)に触れる
行動が制止されるということは、何かを心配しているわけです。それが何なの気づくというか、ちゃんと感じるというかしてゆくと、ブレーキが外れたり、外れないまでも問題を扱えるようになったり、ということが起こります。
解放とか感情処理とかいわれます。傾聴(一般的なカウンセリング)や、精神分析的なフィードバック、占い風のツールなど、やり方もいろいろ。
ただし、むやみに暴くのではありません。私のスタイルでは、楽しめるようにします。
これは広義のトラウマとも言えるかもしれません。
3)基本的安心感を育てる
母性のセラピーや人薬というもので、知識や技法では出来ません。
エリク・エリクソンの「基本的信頼感」に相当します。いわゆる愛着、それが欠如する問題は母性剥奪とも呼ばれます。
愛着を扱えるセラピスト、コンテナーモデルのカウンセラー、部分的には自助グループなどが担っているように思います。
4)安全な失敗を獲得する
失敗してもなんとかしてもらえる後ろ盾やセーフティネットを得て、やってみる/失敗してみる体験を取り戻します。
1)は「きっとできるよ」と応援できますが、4)は「失敗してもいいからやってみな」でなければなりません。応援の仕方が真逆です。
3)の基本的安心感と似ていますが、4)はいうなれば基本的安全感のようなものです。
心理相談で「あなたは、失敗してもいいからやってみなと言われたことがありますか?」と尋ねるとポロボロ涙が溢れる人もいます。
この問題原因をKojunは父性剥奪と呼んでいます。
エリク・エリクエリクソンの「自発性・積極性」に相当しそうです。
支援者側のキーワードは、
3)ゆるし
2)共感
1)応援
4)寛容、助っ人
といったとろこでしょうか。
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