「交流分析+実存療法」による 心理カウンセリング

Kojunの心理カウンセリングは、お悩み対処や解決のヒントを求められることが殆どですので、「聴くだけ」ではなく質問もコメントもします。

その対話は、交流分析的なものと、実存療法的なものが主になります。必要に応じて、わかりやすい具体例、類似ケースの克服シナリオなどもお話します。

交流分析的な対話

対話によって、お悩みの本質を捉える支援をします。

イメージがわくように具体例を挙げてみましょう。

たとえば、「いつも焦ってる」というお悩みの場合。

「休めるようになりたい。常になにか意味のあることをしていないといけなくて苦しいです」というように、具体化してゆきます。

しかし、だからといって「休んでいいよ」を目指しても、うまくいきません。それで解決するくらいなら相談には来ません。

「意味のあることをしなきゃ」と対(つい)になってるものが深層心理に隠れています。

たとえば「自分は価値がない」「生まれたこなきゃよかった」などなどが隠れていて、それを封じるために「意味あることをしなきゃ」となっていたりします。

このあたりまで、対話と専門知見による自己洞察のお手伝いとなります。

たとえば、幼少期に兄弟と比べられてたような感覚(サイコリアリティ)から「自分は価値がない」という不安が刷り込まれていて、それを埋め合わせるために「意味のあることをする」が必要になっている場合があります。

そのような場合、認知行動療法で「休んでも問題は起きない」というような視点を手に入れたり、曝露法で「休むことに慣らしてゆく」というような治療をしても、あの手この手で反発が起て逆効果になることがあります。

また、「意味のあることをしなきゃ」を高度な技法を使って取り除くことに成功してしまうと、対であった「自分には価値がない」がバランスの相手を失い、むき出しになってしまいます。

それまで「意味のあることをする」ことで赦されていた「自分には価値がない」が暴れ出し、ウツ状態とか希死念慮とかが出たりすることがあります。

ですので、心理セラピーは「休んでもいい」セラピーではなくて、「私には価値がある」を取り戻すセラピーを提案することになります。これを間違えると逆効果になってしまうのです。

このあたりは、心理セラピストからの助言と提案になります。

このようなことに気づいてもらうのが、カウンセリングの中での分析的なかかわりです。

そこで起きる抵抗も大切にしながら、本人の意思を尊重する形で進めてゆきます。

大きなお世話な推測もコメントするわけですから塩梅が難しいかもしれません。ユーモアが重要ですので、権威のある人よりも面白いカウンセラーの方が向いています。

たとえば、私のようなネコ耳つけたオネエが「あんたホントは○○かもね」と言っても、あまり抵抗がおきなかったり。

心の奥に隠れたものをKojunは The left behind(置き去りにされたもの)と呼び、それを見つけて抱きしめることを心理セラピーのイメージとしています。

病気の原因の腫瘍のような悪しきものを見つけて成敗するイメージはもっていません。

他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる
(交流分析の提唱者 エリック・バーン)

実存療法的な対話

「聴くだけ」じゃないことの、もう1つは実存療法的なコメントです。

たとえば、「どうせ100年後には私たちこの世にいないんだし」とか過激なことを言うかもしれません。

先の例の「常に意味のあることをしていないと苦しい」という人が深層心理の解決をしたくないと言えば、「それもいいかもね」とか「それでいいんですか?」とか言ってみたりします。本人が自分の気持ちを量るお手伝いをするわけです。

深層心理を解決しないのであれば、「適度に意味のあることをすることが、私にとっての休息」という考えもよいかもしれません。その方が、自分自身に触れているかもしれません。

心理療法が成功するかどうかよりも、本人がどうしたいの、なにがその人そのものなの? というところを探求するための参考に、クィアな世界を話すこともあります。異常だと思っていたことが、案外それで幸せに生きている人たちもいるなんてこともあります。

参考文献

『TA TODAY – 最新・交流分析入門』イアン・スチュアート,ヴァン・ジョインズ 著
『脚本分析』杉田峰康・国谷誠朗 著

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