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信じないから信じられる

人に対して肯定的であると言われたことがあります。

判断に困るようなケースへの対応について、どうしてそんなことができるのかと問われると、信頼しているからかなあと思うことはあります。

どうやら、私はクライアント、というか人の力を信じているわけです。

ですが、それはなんにも信じないということと表裏一体でもあると思います。

心理セラピストは矛盾、パラドックスを大切にします。

それは信じない自分について正直ということでもあります。

「ほんとかよ」って言えるってことです。

もし「カウンセラーたるものクライアントを信じなければいけない」というような倫理を背負っていたら、怖くてやっていられません。

私はクライアントを信じるべきだから信じているのではありません。

あんまり信じていないのですが、ゆえに確かめてしまい、信じられるようになっちゃうわけです。

つまり、信じられることを信じているだけだったりします。

ですので、もしクライアントから「私のことを信じないんですか!」って責められても、「信じています」とは言いません。信じるべきだとは思っていないので。

人を信頼しているっていうのは、人の可能性について知っているっていうことなんだと思います。

クライアントの力を信じているっていうことと、人には限界があると諦めていることとは、真逆のようでいて表裏一体だと思います。

理想というものが薄いのかもしれません。

出会った人の全てが上手くいくわけではありません。社会的に悪い方向へ行った人も、何人か見たことがあります。人って恐いなあと思います。

でも、案外と大丈夫だったりした人たちも見ちゃいました。

そして責任はご本人のものだと思っています。

「この人は大丈夫だ」サインみたいなものを感じているのかもしれません。

信頼しているよ。と、言ったすぐあとで、信じませんよと言えちゃう。

なので、綺麗事の世界がちょっと苦手。

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