上野貢潤 – Life Story

プロフィール推薦コメント経歴セラピーの特徴生い立ち

生い立ち

誕生 ~ 言葉を話さない子

1970年、大阪に生まれました。幼児期から本や文字を読みはじめましたが、言葉は話しませんでした。
(言葉を話すようになった今も、言葉のとどかない世界を大切にしています)

幼少期 ~ 魚が生き返って泳いでいく

e28cb76bb7b737e73079f841c4a74877_sどこかの海岸で、たくさんの魚が打ち上げられていました。「海に投げ込んだら、生き返って泳いでいくよ」と大人が言いました。それを信じて、たくさんの魚を拾って海に投げ込みました。
(心理療法家の先人には、似たような記憶を持つ人がいます)

幼少期 ~ 容赦ない神様

よく体調が悪くなる体質で、苦しみもがいていました。「苦しいです、助けてください」と神様にお願いしました。悪くもないのに「ごめんなさい。ごめんなさい」と神様に謝ったりしました。しかし、神様は容赦ありませんでした。
(40年後に心理セラピーでその当時の苦しみを解放し、「内なる何かが泣き止む」という体験をして、人に助けを求めやすくなりました)

小学時代 ~ 刺さった針金をそっと抜き取る

b56495538acea409b0fef471550d19e7_s喉に針金が刺さってクチバシがちぎれそうなインコ。犬に噛まれて傷口が貫通した鶏。手を血に染めながら、冷静に動物の手当をする体験が度々ありました。動物たちはみんな生き延びました。

小学時代 ~ 働く子供

6歳頃は、家の仕事を手伝って、仕入れ交渉、売上計算などをしていました。

小学校では、イジメやケンカなどの集団心理を冷静に観察していました。

小学時代 ~ 痛みを無視する

この頃、自分の身体を刃物で傷つけていました。人がどの程度の痛みに耐えられるのか、それを確認しようとしていました。

中学時代 ~ 共感覚を封印

「自分以外の人たちは音楽を聴いても色が見えていない」ということに気づきました。人によって見えているものが違うということを知ります。そして、それについて話さないようになりました。

中学時代 ~ 人が嘘をつくりだして、人を傷つける

中学校では、カツアゲされる子が笑っていました。自分の意思でお金をあげているとでもいうように。その嘘が気になりました。カツアゲする側の子も、本当はお金がほしいわけではない、何かを隠すために嘘をつくり出しているように見えました。

(しかし、その嘘を克服する人達がいることも、この頃から知りはじめました)

高校時代 ~ 心理をあばき、受容する

友達と学校生活での自他の行動の裏にある心理を話し合いました。「さっき僕は(君は)何故あんな行動をとったの?」。それをあばき、認め、受け入れてゆきました。

大学時代 ~ 最後の自傷

包丁で皮膚の下の筋肉が見えるほどの深い自傷をしてしまいました。危険を認識し、自傷行為を止めます。

大学院時代 ~ 人が賢くなれば傷つけ合わない?

d6b65ba74b161d591e45a9aafa1ad604_s人間の知能についての研究をしました。面接で「なぜ研究したいのか」を問われたとき、とっさに「人が賢くなれば、この世が平和になる」と言いました。人間が真実にふれてゆけば、人が人を傷つけなくなる世界が実現すると信じていました。(参考:大学院大学のその後の様子

(しかし後に、平和への鍵は”賢さ”だけではないということを知ることになります)

会社組織の改革・改善活動 ~ 組織も人も「無意識」に支配されている

フリーランスでコンサルタント・人材育成をしていた頃、ビジネス改革をしていると、結局は殆どの問題は「人の心」ということが多々ありました。その後、大手企業に勤務したときも、組織と人はよく似ていることを実感しました。

クライアントであるベンチャー・中小企業をでスタッフがイキイキとしてくると、その後、素敵な会社に成長しています。

大手企業に勤務したとき、関連会社や関連部門との関係性を「責め合う」から「フォローし合う」へと変えてゆくと、トラブル、クレーム、コストが減ってゆきました。

ビジネス改革というのは、実は心理的な挑戦だったわけです。(同様のことを多くのコンサルタントが指摘しています)

心理療法 ~ 私は難しいクライアント

仕事が落ち着いて忙しくなくなったあるとき、電車の中で涙が床に落ちました。悲しくもなく、恥ずかしくもなく、何の感情もない。心の闘病生活が始まります。気分障害(ウツや感情不安定)のリハビリ施設に通います。そこで約100人の患者仲間に出会いました。多忙な業界の人、本当に優しい人、社会的にエリートとされている人たちが多くいました。

産業医、産業カウンセラーから、私の症状はウツだけれども、一般的なウツ病の人達とは何かが違うと言われました。精神科医、心理療法士からは、ヒントのみが伝えられ、自分で学ぶことを勧められます。

心理療法(心理セラピー)を学び活用して、希死念慮(死にたくなるという症状)を解決しました。毎日の血まみれの妄想が止まりました。

その後、あるとき師のグループセッションを受けました。崖っぷちのような感覚で、身動き出来なくなってしまいました。前に進むと落ちる。後ろに下がると失う。一歩も動けない。そこには一緒に学んだ仲間が見学していましたが、もう彼らともお別れだと思いました。セッションは中断され、見学者のために解説がありました。「これは最も難しいタイプです。こういう人は通常、心理療法を受けに来ません。支援を求めることなく、変わらずに一生を終える場合が多いです」。それを乗り越えるのは到底無理に思えました。そして、これでは他者にセラピーを提供することは出来ないということが分かりました。私はセラピストになれないのかと質問したところ、その師は「それは自分で決めることです」と言いました。

自分のための独自の心理ワーク、そして傷つく練習をしました。ある程度準備が出来たところで、もう一人の師を訪れると、その師は私に「助けてください」と言う練習、自分を危険から守る練習などをさせました。

therapist14

「人が嘘をつくりだし、人や自分を傷つける」。これを私たちが手放すために必要なプロセスが、心理療法にはありました。

やがて、自分の何かが泣き止み、「悲しくないとは、こういうことか」を体感しました。

人から言われる印象が、「やさしい」から「あたたかい」へと変わりました。