生い立ち

プロフィールセラピーの特徴生い立ち

誕生 ~ 言葉を話さない子

1970年、大阪に生まれました。就学前から本を読みはじめましたが、言葉は話しませんでした。
(今でも沈黙を大切にしています)

e28cb76bb7b737e73079f841c4a74877_sどこかの海岸で、たくさんの魚が打ち上げられていました。たくさんの魚を拾って海に投げ込みました。
(心理療法家の先人も、よく似た記憶をもつようです。今でも「水を得た魚」(解放された人)を見るのが好きです)

よく体調が悪くなる体質で、苦しみもがいていました。「苦しいです、助けてください」と神様にお願いしました。「ごめんなさい。ごめんなさい」と神様に謝ったりしました。しかし、神様は容赦ありませんでした。
(40年後に心理セラピーでその当時の苦しみを解放し、「内なる何かが泣き止む」という体験をします。それが、インナーチャイルドというものを実感する体験の1つとなります)

小学時代 ~ 刺さった針金をそっと抜き取る

b56495538acea409b0fef471550d19e7_sクチバシがちぎれそうなインコなど。手を血に染めながら、冷静に動物の手当をする体験が度々ありました。動物たちはみんな生き延びました。

ケガをした動物の手当をする一方で、自分の身体を刃物で傷つけていました。人間がどの程度の痛みに耐えられるのか、それを確認しようとしていました。

学生時代 ~ 共感覚を封印

「自分以外の人たちは音楽を聴いても色が見えていない」ということに気づきました。人によって見えているものが違うということを知ります。そして、それについて話さないようになりました。

包丁で皮膚の下の筋肉が見えるほどの深い自傷をしてしまいました。危険を認識し、自傷行為を止める決意をします。

大学院では、人間の知能についての研究をしました。人が賢くなれば、人が人を傷つけなくなる世界が実現すると信じていました。
(しかし後に、平和への鍵は”賢さ”だけではないということを知ることになります)

組織も人も「無意識」に支配されている

コンサルテーション・人材育成・ビジネス改革をしていると、結局は殆どの問題は「人の心」に行き当たりました。

企業グループ内の関係性を「責め合う」から「フォローし合う」へと変えてゆくと、トラブル、クレーム、コストが減ってゆきました。ビジネス改革というのは、実は心理的な挑戦だったわけです。(同様のことを多くのコンサルタントや業務改革担当者が指摘しています)

仕事が落ち着いたあるとき、電車の中で涙が床に落ちました。悲しくもなく、恥ずかしくもなく、何の感情もない。心の闘病生活が始まります。気分障害(ウツや感情不安定)のリハビリ施設に通い、そこで約100人の患者仲間に出会いました。同時期に入所したのは、ジャーナリスト、弁護士、ファンドマネージャーなど。数々のメンタルケアを教育されながら、回復する人、回復しない人、脳の障害らしき人、心の問題らしき人などなどと共に時間を過ごし、患者の本音や葛藤に触れました。

私は、カウンセラーから「あなたは普通の鬱病とかではないと思う」と言われ、精神科医や心理セラピストからも「自分で学んで、自分でプロセスを進めるのがよい」と助言されました。私は心身に不調をもっていましたが、どうやら、私に必要なのは、医療ではなく、生き方だということが明らかになってきました。

心理療法 ~ 私は難しいクライアント

産業医、産業カウンセラーから、私の症状はウツだけれども、一般的なウツ病の人達とは何かが違うと言われました。精神科医、心理療法士からは、ヒントのみが伝えられ、自分で学ぶことを勧められます。

心理療法(心理セラピー)を学び活用して、希死念慮(死にたくなるという症状)を解決しました。毎日の血まみれの妄想が止まりました。

その後、あるとき師のグループセッションを受けました。崖っぷちのような感覚で、身動き出来なくなってしまいました。前に進むと落ちる。後ろに下がると失う。一歩も動けない。そこには一緒に学んだ仲間が見学していましたが、もう彼らともお別れだと思いました。セッションは中断され、見学者のために解説がありました。「これは最も難しいタイプです。こういう人は通常、心理療法を受けに来ません。支援を求めることなく、変わらずに一生を終える場合が多いです」。それを乗り越えるのは到底無理に思えました。そして、これでは他者にセラピーを提供することは出来ないということが分かりました。私はセラピストになれないのかと質問したところ、その師は「それは自分で決めることです」と言いました。

自分のための独自の心理ワーク、そして傷つく練習をしました。ある程度準備が出来たところで、もう一人の師を訪れると、その師は私に「助けてください」と言う練習、自分を危険から守る練習などをさせました。

「人が嘘をつくりだし、人や自分を傷つける」。これを私たちが手放すために必要なプロセスが、心理療法にはありました。

やがて、自分の何かが泣き止み、「悲しくないとは、こういうことか」を体感しました。

人から言われる印象が、「やさしい」から「あたたかい」へと変わりました。

心理セラピストとしての葛藤

自分がセラピストであることを自覚しはじめた頃から、
お話し相手、居合わせた相手の、「死にたい」がケロっとよくなったり、何十年も続いた対人不安が解消したり、ということが起こるようになりました。

一方で、多くの人は自分の心に触れることに強い抵抗があるということがわかりました。多くの人に伝えようと思い、セミナーなどで心の問題を解消するプロセスを話しても、拒絶反応がありました。(今では、もうちょっと上手くやってます)

自分は出来ました。ごく一部の切羽詰まった人も出来ました。その他の多くの、なんとなく生きづらくて、あれこれ勉強し続けている人たちには届きません。

本格的な心理セラピーや、自分に向き合うことはしたくないけど、おまじないみたいなものは試したいという人は多くいます。

解決ではなく、気休めの方が求められているのかと悩みました。

しかし、徐々に本当に自由になりたいクライアントと出会うようになってきました。「今までいろんなのやってみたけど、いまいちだった」という人たちが来て、望みをかなえてゆくようになってきました。

全ての人に好まれるというわけにはいかないようです。真正面から取り組みたい方には、あたたかい場を提供できるかと思います。