「先生」という言葉

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推薦文を書いていただくと、「上野先生」という呼称が出たりします。

医師は先生という呼称が社会習慣となっているので、精神科医の方の推薦文が「上野先生」になるのは、そういう習慣によるものかと。しかし、ビジネス成功者の方までもが。

「先生」と呼ばれることを嫌がる人もいます。

それもわかります。

でも、まあ、あえて修正してもらわないのがいいかな、という直観もしています。

(ところで、「ははーん、先生と呼ばれてまんざらでもないのね」と思う人は、ご自身の中にそういう発想があるわけです。それはともかく・・・)

私がセラピーを学んだ協会でも、講師は「先生」と呼ばれています。

かといって先生が絶対に正しいと盲信されているとは限らず、「先生も人間だからさあ」なんて言われたりもしています。必ずしも盲信や権威を表すわけではなさそうです。

先日おじゃました経済団体でも、誰かが誰かを「先生」と呼ぶ光景がありました。それも、必ずしも目上ではない。

そこでは団結のようなものが表現されているように感じました。

もちろん、機嫌をとろうとして人を「先生」と呼ぶケースもありますし、自尊心の欠乏から「先生」と呼ばれたがるというケースもあります。しかし、そればかりではないようです。

何が起こっているかというと・・・・。

「先生」と呼ばれている側は、まあ、どうでもいいんですね。

「先生」と呼ぶ側の、「素直に学ぶぞ(経験させていただくぞ)」という気持ち(真剣な態度)が表れているようです。

呼ぶ側のための言葉なのかなと。

なので、あの先生たちはいちいち「先生と呼ばないでください」とは言わない。もぞがゆくても。

また、こういうのもあります。

実は以前にも、ある講師業の方の相談に関連して、「先生」という言葉の使われ方を調べたことがあります。

そのとき浮かび上がったことは・・・、

人は自分を理解してくれる人を「先生」と呼ぶ

ということです。

ん?

ということは、人は自分を理解してくれる人から学びたいということでしょうか?

とはいえ、社交辞令で何人もから「先生」と言われると、やっぱり勝手が悪かったりもします。ほどほどにお願いします。

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心理セラピスト 上野貢潤

心理セラピスト 上野貢潤

代表ファーストブレス
本当の自分を生きるための深層心理セッションを提供する 心理セラピスト/経営心理コンサルタント。
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