アダルトチルドレンは親のせいなのか

標題にはアダルトチルドレンと書きましたが、それに限らず親からの影響で苦しんでいる人たちのお話です。

私たちの心理セラピーでも幼少体験を扱うことは多く、養育者が重要な存在として扱われます。

そこで、果たして親が原因なのか、親が悪いのかなんてことが問題にされることがあります。毒親という言葉があったり、親のせいにしてはいけないと怒る人もいます。

同様のことは、発達障害は脳機能が原因だから養育環境は関係ないとか、いやいや環境整備が重要だとかいう議論にもあります。

親の影響は、良くも悪くも避けがたい

親(養育者)の影響、とりわけ悪影響というのは殆ど全ての人にあるようです。私が広義トラウマと呼んでいる、不適応スキーマとか制約的な中核信念などはたいていの人が数個くらい持っていると言われています。

たとえば、「どうせ私は偉くなれない」とか「目立ってはいけない」とか「威張っていないと身を守れない」とかですね。

それらは、親(養育者)によって刷り込まれているものとして交流分析や心理セラピーで扱われたりします。

だからといって、その種の心理セラピーを受けに来る人たちが親を恨んでいるかというと、そうでもないのです。

むしろ、親との関係など扱わずに解決したいと希望する人たちの方が、親への恨みに囚われているようにも見えます。

「親から刷り込まれる」ということと「親が悪い(恨むべきは親である)」ということが同一視される背景には、「親からの悪影響などないのが当然である」という世界観があります。

しかし、上述のように親からの悪影響はあって当然なのです。ですから、親からの刷り込みを扱うことは、親を恨むことではないのです。

親への怒りの感情を扱うワークはしますけれども、それはプロセスとして行うもので、怨むために行っているわけではありません。

わかりにくいでしょうか。それでは喩えを・・・

火事が起きるためには酸素が必要ではあるが、酸素を火事の原因とは呼ばないでしょう。まして、「酸素があるから火事になるのだ、街から酸素を無くそう」とは言わないでしょう。

しかし、防災や消火において、酸素を断つという方法は成立するでしょう。

原因は恨むために知るのではない

コンピュータシステムにおいて、間違いや欠陥はバグと呼ばれます。

この世のインターネットシステムが崩壊しないのは、インターネット界にバグがないからではありません。バグがあっても大丈夫なように、すなわちシステム要素が助け合えるように設計されているからです。バグや故障があっても大丈夫な仕組みをフェールセーフといいます。

たとえば、このブログサイトを運用しているサーバーが故障しても、バックアップサーバーがあるのでブログは表示され続けます。サーバーが故障しても惨事になりませんが、フェールセーフになっていないと惨事になります。

飛行機が墜落しないのも故障がないからではありません。フライト一回の間に飛行機の部品はいくつか故障しているのだそうです。

発達障害についていえば、ある説によると、それは養育環境によって障害が発症するという考えがあります。ただし、その前提として、環境の影響を受けやすいという生得的な(遺伝子的な)要因があるそうです。だとすると、親のせいではないけれど、親の努力や反省は報われるということになります。

すなわち、火種を消せない場合に、空気を断てばよいわけです。そこで、空気を悪者にする必要もないし、火種から目を逸らす必要もないわけです。

親のせいなのか

そんなわけで、「親のせいなのか」という問いは、心理セラピー的にはどうでもいいことなのです。

ですが、「親を扱う」とか「世代間の連鎖を断ち切る」と聞くと、親が裁かれると思い、怒ったり落ち込んだりする人もいます。

「親からの影響で刷り込まれた」と聞いて「親のせいだ」と聞こえてしまう、それこそが「恨み」の世界を選ぶ生き方とも言えるのですが。

「親のせいにしてはいけない」という人は、「親のせいだ」と言っている人と、ほとんど同じ世界観に生きているのです。

その世界観から抜け出すことが、機能不全家族からの解放であり、再決断であり、心理セラピーです。

そこでは親に対する怒りも扱います。それは親を恨むためではありません。その証拠に、クライアントの多くは怨みが無くなったと言います。

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