トラウマも幅広いですが、ここでは単回性(1つの出来事が原因)のショックトラウマ(PTSDはその中の一部)の場合の心理セラピーについて外観してみようと思います。
できるだけ当事者の立場にたって、批判的かつ建設的に書いてみたいと思いますが、私見による記事であることはご承知おきください。
(この記事はしばらく継続的に追記・編集していく予定です)
はじめに
このページを作った理由
私はもともと複雑性トラウマ/発達トラウマ/アダルトチルドレンなどの心理セラピーをしており、その中で出くわすトラウマ的体験の記憶や影響も扱っていました。そうするうちに、性被害や対人ショックなどの単回性のショックトラウマを主なテーマとするクライアントも来るようになり、勉強する必要に迫られたという経緯があります。
そこで、いまさらですが、当事者視点でどんな選択肢があるのか、私が提供していない範囲も含めて、ちょっと長いこのページを作成することにしました。
療法を並べて紹介するメソッド中心の情報源は他にありますので、ここでは当事者中心で迷子予防のための記事を書いてみたいと思います。
療法名に飛びついてしまう前に
「○○療法」と聞くと、そこに「答え」があるような気がしてしまいます。それは陳列棚からパッケージの外観で商品を選んでいるようなものです。
トラウマの克服は個人的な旅です。商品やサービスの買い物ではありません。ですから、自分がどのような選び方をしているのか意識することをお勧めします。
トラウマセラピーの選び方:3つの視点
心理セラピーを選ぶにあたって3つ視点があるように思います。
3つすべての視点を持つことが大切だと思います。その上で、どれを重視するかで方針や選択肢が見えてきます。
- 視点①:エビデンスや推奨で選ぶ(ガイドラインの強く推奨)
- 視点②:負担の軽さ・人で選ぶ(段階的アプローチ、自己調整)
- 視点③:「何が効くか」の仕組みで選ぶ(療法パッケージではなく機序・要素)
EBAを理解しよう
エビデンス・ベースト・アプローチ(EBA、エビデンスに基づくアプローチ)とは、
(統計的な)エビデンス × (個別の)状況 × (本人の)価値観
を総合的に判断するアプローチです。つまりエビデンス至上主義とは異なるものです。本来は、ESV(Evidence-Situation-Value)アプローチとでも呼ぶべきものですが、EBAと呼んでいることで「エビデンス以外を排して判断するべし」という誤解が広まっています。といいますか、普通は誤解するでしょ。有害な用語運用ミスだと思います。
さらに臨床家の経験(および、本人の経験)も重要という「エビデンス&エクスペリエンス」という考え方もありますが、EBAの誤解から、エクスペリエンスも見落とされがちになっています。
ガイドラインの「強く推奨」は「E」に偏った情報なのですが、あたかも全ての人にとっての総合的判断であるかのように聞こえる「強く推奨」という言葉が使われるのには語弊があると思います。
視点①はE(エビデンス)に関連します。視点②はV(価値観)に関連します。視点③はS(状況)に近いでしょう。3つの視点というのは私の意見ですが、本来のEBA(ESVアプローチ)にも近いと思います。
では、3つの視点から見てみましょう。

視点①:ガイドラインの「強く推奨」を知る
「PTSD治療標準ガイドラインが強く推奨する療法」と呼ばれるものがあり、いわゆる「エビデンスが豊富にある」と言われる療法の情報です。
ただし、「エビデンスがある」という魔法の言葉に飛びつく前に、「エビデンスが豊富にある」とはどういうことか、当事者として知っておいたほうがよいかと思います。「エビデンスがある=正しい、エビデンスがない=正しくない」と思っている人が多いので、それについても捕捉します。
トラウマ≠PTSD
エビデンスに拘る当事者や支援者は「トラウマ」と「PTSD」の区別がついていないことが多いです。
「強く推奨」とか「豊富なエビデンスがある」と言われているのは、「PTSD(の症状)」をターゲットにした話です。「トラウマ」は「PTSD」より広い概念ですので、トラウマ≠PTSDということにはご注意ください。
PTSDではないのに「エビデンスのある心理療法」というフレーズに拘っている場面には、情報理解にちょっとズレがあるわけです。厳密な正確さとしてのエビデンスを要求するわりには、そのあたりはテキトーという人も多いです。
「PTSDではない」という意味には、
- PTSDの診断を満たさないが同じ症状がある(PTSD不全型)
- 他のトラウマ関連疾患である
- 疾患的な側面だけでなくナラティヴな側面が重要
などの場合があります。最後のナラティヴな側面というのは、たとえば性被害にあった人が単に症状が消えればよいというわけではなく、人生の意味、生き方、心の成長、人生の喪失などの側面を持つことを考えると分かり易いでしょう。「恨みの気持ちをなんとかするまで(あるいは誰かに分かってもらうまで)、治りたくない」というような人も多くいます。「症状を消すことだけが目的である」という心理セラピーは合わないかもしれません。上述の「価値観」です。
では、PTSDではない多くのトラウマについて、この視点①を重視することがお勧めできるのはどのような場合かというと、アプローチ選び的にPTSDっぽいケース(以下、近PTSDトラウマ)というのが挙げられるかと思いまう。この部分はエビデンスどうのではなく、私や私が話したことのあるトラウマ専門家の経験知交えた感覚(ヒューリスティック)です。
近PTSDトラウマ:フラッシュバック、パニックなど「症状」が悩みのテーマである場合。、ある種の強い回避がある場合。
遠PTSDトラウマ:「好きな人に使づけない」「人生を楽しめない」などが悩みのテーマで、それについて思い当たる過去の出来事があるというような場合。
※EMDRはPTSD以外にもよく適応範囲が広いようです。しかし、PTSDガイドラインで「強い推奨」とされていることと、PTSD以外(とくに遠PTSDトラウマ)への適応がどの程度の強さなのかは別の話です。
ガイドラインの「強く推奨」とは何か
ここでいう「強い推奨」とは、メタ分析(たくさんの研究論文の結果をまとめて判断する)の評価が高いということです。少ない研究結果だけで「効果あり」と報告されただけでは「強い推奨」とはなりません。また、今後の研究によって効果ありとの判断が覆る可能性が殆どないという意味でもあります。かなり厳しい基準を満たすものです。
逆に言えば、「強い推奨」以外の療法にも、そう悪くないものがあるということです。「これしかない」という意味ではないことにご注意ください。
どの療法が推奨されているか
多くのガイドラインで「強く推奨」とされる療法は、PE、CPT、EMDRです。
「○○療法」という名前に惑わされないようにというのがこの記事の主旨の一つではありますが、療法名を知らないことをお勧めしているわけではありません。この3つが現代の「強い推奨」の代表格であることはやはり知っておいてよいでしょう。そしてこれらがどのようなものであるかも。
ここでは詳しい説明はしませんが、ざくり言うと、PEはその出来事を語る、CPTは書く、EMDRはイメージすることを含みます。
この視点を重視するメリット/留意点
症状や疾患を改善することが目的の場合に、確率的に高い効果が期待されます。
エビデンスに拘る人にとっては、納得感・安心感があります。「箸にも棒にも掛からぬものではない」という安心感はありますが、それは「中程度に推奨」などにも言えるかと思います。
また、手続きが標準化されているので、セラピストによって違いが小さい(はず)です。人ではなく方法で選びたい当事者には選びやすいかと思います。(ただ、EMDRはセラピストによって差が大きいという意見を何人かの専門家から聞いたことがあります)
エビデンスについて知っておくべきこと
先にEBAについて説明したとおり、よくある誤解:「EBA = エビデンス至上主義」ではないこと。「エビデンス=唯一の正解」ではないこと。
エビデンスについて批判なことを書きますが、悪口とは限りませんよ。エビデンスの盲点や限界、エビデンス商法の罠を知ると、むしろエビデンスという情報を活用しやすくなります。
以下にその他の留意点を書きます。
まず、歴史の長い療法の方が研究の数やデータが多くなるので効果が検証されやすいです。
「強い推奨」以外、「エビデンスが豊富ではない」療法は、効果が低いのではなく、新しいから、研究されにくいからかもしれません。エビデンスの強さに拘りすぎることは、保守的になることでもあります。
統計的なデータに基づくので、「多くの人(とくに医療機関に繋がるなど研究対象となるような人たち)に効果がある」療法が有利となり、「私に合っている」かどうかは分かりにくくなっています。「セラピストを信用したくない私」、「宿題が苦手な私」、「イメージするのは得意な私」などの個人を理解したうえでの「強く推奨」ではありません。「効果がある」というのは、複数の当事者を扱う治療者にとって効果があるという意味であって、唯一無二の私にとっての効果ではありません。
エビデンスがあるというと科学的な印象がありますが、物理学や化学に基づいてメカニズムが解明されているという意味での「科学的」ではありません。母集団には当てはまるとしても、「私」に当てはまるかは分かりません。
「あなたの貧血は鉄分不足であることが判りましたから、鉄分を補給しましょう」レベルではなくて、「レバーを食べると貧血が治る人が多いという統計データがあるのでレバーを食べましょう」レベルということです。前者は科学的なので「あなた」に起きていることが判明していますが、後者は「他の多くの人がそうだった」という話です。貧血の原因は鉄分不足以外に、エリスロポエチン(EPO)不足もあり得ます。レバー以外にも鉄分の多い食品はあります。
今後、脳科学によってメカニズムが明らかになると、これまでの心理業界のエビデンスは「示唆」くらいの意味だったことが知られるようになるでしょう。
また、エビデンスが統計であるということは、治療者都合の評価とも言えるでしょう。たくさんの人に効果があれば治療者や研究者にとっては良い実績となります。一部の人に効果のある療法よりも、たくさんの人に効果のある方が好成績に見えます。極端なことを言えばマイノリティや個別ケースを見捨てて、マジョリティ向けにチューニングすればエビデンス的には有利、「強い推奨」に近づきます。みんな同じはずだという普遍原理(バラツキは誤差だ)を信じるならエビデンスで選ぶのが正解ということになりますが、個別性(バラツキは個性だ)を認めるならエビデンスは参考情報ということになります。
エビデンス評価はRCT(ランダム化比較試験)を最重要としています。これは実施群と非実施群の統計的結果を比較するものです。薬などの効果を試験するのに適した方法です。一方で、「実は心理療法を受けずに、周囲の支援で回復した人たちが多くいる。その人たちには何が起きたのだろう」というような人中心の研究はあまり反映されないということです。研究デザインの制約があるということ。
エビデンスが作られるためには、「名前がついていてマニュアル化されている」ことも意味します。統計データをとるためには、同じやり方を数十名の対象者に実施する必要があります。同じやり方を揃えるためにはマニュアル化が必要です。となると、セラピストの暗黙知や経験知によって効果がでるものなどは、エビデンスが作りにくく、「エビデンスが少ない」となりがちです。効果が検証しやすいということ自体も価値ですが、エビデンスに拘るとトラウマ当事者としては「エビデンスが少ないが、よいアプローチ」を見逃すことに繋がります。
とくにトラウマ分野は、セラピストの人柄、相性によって効果がある側面も大きいです。その半面、エビデンスがあるというのは「誰がやっても同じ結果になりやすい」という意味でもあります。

視点②:ハードルの低さ
ハードルが低いというのは、努力が要らないというよりは、自分に合っているという意味かもしれません。ESVの「価値観」に近い視点です。想定されるのは次のようなものです。
- そもそも相談することのハードルが大変(これはESVの「状況」に近いかも)
- 段階的に進める安全性
- 途中で止めてしまっても意味あるプロセスとなること
- 日常の対処法が学べること、まずは「安定化」
- 自分を大切にしてみようかなと思い始めた気持ちを見失わないように
性被害にあって、そのことを20年間誰にも話せなかったという人がいます。そのような方にとって、療法の即効性が1年なのか半年なのか、効果率(何%の人に効果があったか)や平均的な改善スコアが高いかとかいうことよりも、セラピストとの信頼関係を時間をかけて作ることの方が大事かもしれません。
研究者にとってはドロップ(途中で止めちゃうこと)は効果とは別の問題ですが、当事者にとってはドロップは「効果なし」体験になる可能性もあります。
「エビデンスがあるからやりましょう」というのは、治療者都合の発想です。当事者は治療者に効率よく手柄を立てさせるためにトラウマになったのではありません。
そのように考えると、上述の「強く推奨される」療法は「第一選択」と言われますが、最初から候補として知っておくべきという意味であって、必ずしも最初に試すべきという意味ではないように思います。
むしろ、最初はハードルが低いアプローチからはじめて、心理セラピーに慣れてきたり、希望をもってきたところで、チャレンジングなアプローチを試すというのも現実的なのではないでしょうか。
関係重視のアプローチ
エビデンス的には中程度、あるいはエビデンスが未だ少しという療法であっても、ハードルが低いものもあります。強く推奨される療法の多くはドロップ率(途中でやめちゃう率)が3割くらいあると言われています。しかし、心理セラピーの共通因子(クライアントとセラピストの信頼関係、トラウマに関する理解の促進など)を重視したカウンセリングをマニュアル化した現在中心療法の研究では、ドロップ率は低く、即効性は劣るものの1年後には劣らない程度の効果があるということも知られています。その内容は当たり前のカウンセリングに近く、これを日本に輸入して講座を開いても旨味がありませんから、教える先生は現れません。宣伝する専門家もいません。純粋な科学とは異なる点です。
私もまた、名前のついていないカウンセリング、ピアサポート、周囲の人物などによって回復してゆく人々を見てきました。また、犯罪被害に長く関わるベテランの臨床家からも同様の意見(専門家の治療よりも、周囲の人間関係が癒す)を聞いています。専門家の先生から「専門家が治療しないと治りません!」と怒鳴られたこともあるので、なかなかこういうことを書くのも勇気がいるのですが、ちょっぴり心理業界を信頼してみようと思って書いています。
ナラティヴ重視のアプローチ
あるいは、PTSDぽくないトラウマと言いましょうか、フラッシュバックなどの顕著な症状というよりは、じわじわと人生に影響してしまっているトラウマのようなものを扱うには、マニュアル化されたアプローチよりも柔軟にクライアントのやりたいように勧める方が現実的に感じることは多いです。
たとえば、ずっと以前に性被害にあったクライアントが「異性を敵視する生き方をやめたい」なんていう「○○症状を消したい」とは異なる目的をもっている場合などは、十分な対話が必要なので、マニュアル化されているとすぐドロップしてしまいます。また、個別性がとても高いので、「統計的に異性を敵視しなくなる人が多い方法をやりましょう」よりも「あなたが納得いく方法をやりましょう」となります。
自己調整を高めてゆくアプローチ
神経の覚醒度が上がり過ぎたり、下がり過ぎたりする波を適正範囲に収めてゆこうというアプローチがあります。そのためにリラクゼーション的なエクセサイズをやったり、セラピストから落ち着きをもらったり、身体感覚に気づいたりしてゆきます。
治すというよりは、何が身体(あるいは自分の内面)に起きているか気づくような体験となります。エネルギーを解放してゆくようなセラピーもこれに近いように思います。
ポリヴェーガル・ベースト・アプローチ(PVT)、MB-BOTT(段階的なマインドフルネスのトラウマ応用)、そしてもしかしたらアニマルセラピーなどは、エビデンスが強いわけではありませんが、遠PTSDや準備段階に取り組みたい当事者には価値があるように思います。
ただし、セラピストとの協働調整が含まれますので、セラピスト選びが難しくなります。
もう少し、権威のある(公式訓練がある)ものとしてはソマティック・エクスペリエンシング、センサリーモーター・セラピーというものがあります。手法というよりも、セラピストの訓練プログラムを指しているような印象も受けます。
視点③:療法の「名前」より「中身」を見る
複数の療法を知ってゆくと、「なんだか本質的には同じ」というか共通要素のようなものが見えてきます。実はこの要素を理解する必要があるということです。
「○○療法」が効いたというよりも、「○○機序」が効いたというように捉えないと、何をやっているかわからなくなって、自分になにが必要かを考えることなく療法ショッピングを続けることになるからです。
「○○療法」(以下、療法パッケージ)は複数の技法や機序という治療要素を含んでいます。療法パッケージよりもその中身とも言える、治療要素を理解して心理セラピーを選んでゆくという考えです。
治療要素とは、たとえば次のようなものがあります。
トラウマに関する理解: それを生存のための正常な機能としての理解することなどの知識、認識面
治療関係: セラピストとの信頼関係
記憶への暴露と馴化: 記憶に触れることに慣れる。「思い出す」ことと「出来事が再現する」ことは別のことであることを脳に教える。
再処理: 記憶情報の整理。バラバラの記憶が筋の通った話になってゆく、俯瞰できるようになる、意味が選べるなど。
認知の再構成: 「私が悪いのだ」「私は汚れた」などの深く刻まれた考え(認知、信念)を修正する
修正的な再体験: そのときに対処出来なかったことについて、対処できたというシナリオを即興劇風に体験してみる
身体感覚への気づき: 情動ど関連する身体感覚に安全の中で触れることで、神経的な上がり下がりを自己調節できるようになってゆく。
「○○療法」ではなくて「○○要素」が自分にとってどうだろうかと考え、振り返ります。試し済みの「○○要素」がどれなのか自覚します。ただし、要素の組み合わせによって出る効果もあり得ます。
Kojunが提供できるアプローチ
(今後執筆予定)
概要:視点③を重視して、クライアントの当事者研究を支援します。近PTSD型を感じ取ったら、または視点①を重視するクライアントにはNET、PE等を提案する可能性もあります。近PTSD型というほどではないが、覚醒度調整が必要なら、視点②を重視して身体性アプローチから始めます。遠PTSDまたはナラティヴ重視の相談テーマであれば、感情焦点化や再決断療法、ナラティヴ・アプローチ。また、簡易的なサイコドラマによる修正体験のワークをすることもあります。追って整理したいと思います。
参考情報
- 「心的外傷後ストレス症(PTSD)に対する心理療法」ストレス科学研究 2025,38 (丹羽まどか)
- 『トラウマ関連疾患 心理療法ガイドブック』U.シュニーダー / M.クロワトル 編
- 『心的外傷と回復』ジュディス・ハーマン
自己調整のリソース
(列挙予定)
