机上の地球

心理学は科学か?

心理学は科学か? 理学部出身の私ですが、私は心理学は科学ではないと思います。科学でなくてよいと思います。

「科学かインチキか」というような二分法は、心理的な病の克服課題によく似ています。

古代哲学者による心理学

19cくらいまでは心理学は哲学者によるものだったそうです。それは根拠よりも想像力に基づいていて、「肘掛け椅子の心理学」と呼ばれるそうです。

肘掛け椅子じゃないという意味で「科学としての心理学」という言葉が使われることがあるようです。そういう意味では、19c以降の心理学は科学的だと思います。でも、自然科学とは根本的に異なるものだと思っています。

同様に数学も科学ではないと思っています。

物理学者による実験心理学・生理学

19cくらいに、本当に自然科学としての心理学があったようです。それは感覚器官に関するもので、生理学・生物学といったほうがよいかもしれません。

たとえば、視覚は三原色に反応するとか、残像や錯視があるとか、音の大きさの対数に比例して聞こえる/聞こえないが決まるとか、物理学の延長で実験できる領域のものでした。

精神物理学の創始者 グスタフ・フェヒナー
物理学者・生理学者 ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ

これらの実験結果、たとえば「格子模様のこの部分に影のようなものが見える」みたいなのは再現性の高いもので、自然科学に近い意味で科学的と言えます。

「実験」と「再現性」が特徴といえます。

「実験」と「再現性」の流れをくむ近代のものとしては、ワトソンやスキナーらによる行動主義・新行動主義・S-O-R理論というのがあります。ネズミに電気ショック(罰)や餌(報酬)を与えることでレバーを押すようになったり、押さなくなったりするみたいな法則を調べています。実験によって明かされる法則を調べます。

このあたりから、ちょっと怪しくなります。たとえば多動症の子供に罰を与えたり、足を椅子に縛り付ければ「多動がおさまる」でしょう。ですので、それらの方法は多動症に効果があると「科学的に証明された」ことになります。しかし、それでよいのでしょうか? ひねくれた例だと思われるかもしれませんが、これらは実際に行われていました。目的が奴隷の管理ならそれは科学的な方法ということでよいでしょう。目的が子供の幸せなら、科学的とは違った正しさが必要ということになるでしょう。

科学至上主義の人は、足を椅子に縛り付けられた子供が将来幸せになったかを追跡調査をして・・・・なんてことを言いますが、ご自身が足を椅子に縛りつけられたまま追跡調査を企画してほしいものです。優先順位が全く違うわけです。

「実験」と「再現性」の流れをくむ現代のものとしては、情報科学者による認知科学というのがあります。たとえば、「短期記憶はすぐに消えてしまう、ひとたび長期記憶に入ると長く覚えている」みたいなメカニズムを明らかにするものですね。それくらい再現性があれば「科学的に役にたつ」かもしれません。でもこれは、「心理学(psychology)」ではなくて「認知科学(cognitive science)」と呼ばれています。

科学コンプレックス

科学的ではないことが問題なのではなくて、「科学は確かだ。それ以外は不確かだ」みたいな科学信奉が問題なのだと思います。ですが、科学になろうと頑張ってます。

工学にも科学コンプレックスがあって、「通信速度を改善する技術」みたいなことをしている研究者も「これはエンジニアリングではなくてサイエンスだ」と主張したりします。

心の悩みの解決を探すとき、研究者の世界には科学コンプレックスがあるということを、心理学者にもそれがあることを知っておくとよいかと思います。

化粧品やサプリでも「科学的に証明された」「医師がお勧めする」みたいな表現ありますね。権威づけると人が飛びつくのは認知バイアスのひとつで「ハロー効果」と言います。

臨床心理学者による統計研究(量的研究)

科学的でありたいことの理由は、科学コンプレックスの他に、多くの成果を出したいというのがあります。

そこで、統計研究(量的研究)が行われます。上述の心理物理学ほどの再現性はなくて、「多くの人に当てはまる」という平均値やマジョリティの性質を知ろうとするものです。

多くの人に当てはまる法則を知りたいわけです。マーケティング心理学のように集客のヒントが目的の場合はそれでよいでしょう。誰が買ってくれるかはどうでもよくて、何人が買ってくれるかが問題なのですから。

心理学において「科学的」と言われているのは統計研究がなされたという意味ですが、私はそれを科学ではないと思っています。「科学的に証明された」と言わずに「統計的に証明された」「統計心理学的に証明された」と言うのが誤解がなくてよいかと思います。(参考:心理療法とエビデンス(1)よくて60%程度のこと

その方がその価値が明確になると思います。心のお悩みの克服には「世間がどうかではなくて、自分自身がどうか」といういことが大事になります。あなたにはあなたの良さがある。他の誰かになろうとするのをやめるってことですね。心理学には心理学のよさがある、他の誰か(科学)になろうとするのをやめた方がいいと思います。

心理学の一要素として認知科学や生理学があるといったところが現実的かと思います。

臨床心理学者による事例研究(質的研究)と当事者による当事者研究

人の心については多様性があったり、個別性があります。唯一無二性というものが大事だったりします。当事者研究の方は「私がエビデンスだ」と言います。

20cあたりから始まった人間性心理学などもその流れです。

人を管理するためなら、科学的な心理学が必要でしょう。人が幸せになるためなら、科学的ではない心理学が必要だと思います。この「科学的ではない」というのは、「ひじ掛け椅子の心理学」でもなければ、「根拠のない迷信」「インチキ」のことではなくて、とてもリアルな知見です。「科学的な心理学が人を救う」というのこそ迷信だと思います。

科学はゆっくり後から追いかけてくるものに過ぎないです。

人間性心理学には科学的根拠はありませんが、根拠がないわけではないです。統計しかみないのが科学的心理学で、統計以外もみるのが人間性心理学だと思います。

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