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「診断名」という商品

診断名を通して人をみることに懸念を呈するベテラン心理職がいます。傾向として臨床の初心者は診断名、その他のラベルが大好きです。

世界中の個々人が日々体験し臨床家に示す精神疾患のすべてを、このようなカテゴリー的診断で完全には記述できないことは十分認識されている

『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引き』-本書の使用法 より

参考記事:「広義PTSD」という言葉を使う理由~とくに暴力被害

そこでよく出てくるのが、「診断名によって救われた人がいます」という診断名への肯定的な意見。

そのあたり、整理してみようと思います。

ラベリングによる外在化効果

自分と問題が一体化している世界観を脱して、「自分」と「問題」を区別することを外在化と言ったりします。脱フュージョン[1]アクセプタンス&コミットメント・セラピーでの用語とか、脱センタリング[2]マインドフルネスでの用語とも言います。

その効用の1つは、自責からの脱出です。すなわち、病名などによって原因を特定することで、「私は悪くない」とか「育て方の問題ではない」という思えるようになるというものです。これはお悩み克服の最初の段階、自分を責めることからの脱出には、とても重要となることがあります。

IPT(対人関係療法)では、たとえば摂食障害児とその親に協力関係を促すために、闘う相手は親や子ではなく「病気」であるというように、「病気」という概念を大切にします。[3]『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』水島広子著。[4]そのアプローチを「医学モデル」と呼んでいますが、私は外在化を医学に独占させる語用には賛同できません。

太古の祈祷師が「魔物がとりついておる」と言ったのも、同様に「あなたが悪いのではなくて、あなたに憑いている『なにか』が悪いのだ」として人が責め合うのをやめさせたのだろうと思います。


もう1つの効用は、苦しみに操られなくなるというものです。俯瞰できるとでもいいますか。

たとえば「私は不安だ」を「私は『不安ちゃん』を持っている」と捉えるなおすことで、不安を感じながらも対処法を考るということができるようになったりします。『死にたい君』『焦りちゃん』のように症状に名前をつけるようなことも同様です。

外在化のこれらの効果は応急処置ですが、最初の段階として重要となります。

診断名によって救われたという話は、このようなことであることが多いように思います。

IPTなどでは積極的に活用されています。医学モデルといいます。ただしそれを「医学モデル」と呼ぶのは囲い込み効果が含まれる表現です。

福祉サービスへのパスポート

もう1つは、医師の診断を得ることで福祉サービスが受けられるようになる場合があるということです。

これも、診断によって救われたという話になります。

ただ、病名がついていない病気とか、病気ではない障害(ひきこもり等)は放置される傾向がありますね。[5]最近では「障害者手帳をもっていなくても受けられる障害者向けサービス」という行政の動きもありますが。

それは、「診断されたら助けてもらえる」ということの違和感でもあります。私が就職活動をすると「本当にトランスジェンダーなのか?」と確認されます。「本当に男性の更衣室で着替えられないのか?」が本当の問題なのですが、本人がどうかではなくて医学が決めるというわけです。

福祉サービスへのパスポートが医師が販売する商品のようになってしまう懸念はあるかと思います。

根本解決の段階では邪魔になることがある

「愛着障害」というラベルは一時期人気がありました。同じようなことで困っていても、「パーソナリティ障害」というラベルには人気がありません。「私は愛着障害です」と積極的に言う人はわりといますが、「私はパーソナリティ障害です」と積極的に言う人はあまりいません。前者は他責、後者は自責につなげやすいラベルだからかもしれません。ちなみに親に人気があるラベルは「発達障害」だそうです。これも「親が悪いのではないよ」という含みがあるからでしょう。

「愛着障害」のような概念にしがみついてしまうと、克服が進まないことがあります。

日常生活に悩む人は多いが、それをすべて精神疾患としてよいのかとフランセス博士は問いかける。通常の悩みまで安易に精神間として治療の対象にしてしまうと自然治癒力が失われてゆく。

『〈正常〉を救え』アレン・フランセスの日本語訳序文 大野裕

AC(アダルトチルドレン)については、『子どもを生きればおとなになれる』の著者クラウディア・ブラックは「それは必要に応じて付けたり外したりできるラベル」とすることを推奨しています。つまり、ラベルは道具であって、アイデンティティにしないようにしましょうってことだと思います。この考えには私は賛成です。

医療や製薬会社の囲い込み効果

外在化効果が欲しくて診断名を手に入れると、囲い込み効果が抱き合わせでついてくるなんてことも起きるかもしれません。診断されて安心するために病院に行く・・・みたいな。福祉サービスがほしければ、通院しなければいけない・・・みたいな。

本来の診断(とくに精神分野)は対処法(医学的とは限らない)を決めるために暫定的につけるものなんでしょうけど。

診断名には依存性がある

福祉サービス等のパスポートについては制度があるかぎり診断名が必要ですが、外在化については診断名依存を卒業することができます。

客観的で科学的なものとしての病気(の原因)があるという見方に依存せず、それそのものを見つめる ということです。自分自身の個別性や実存を扱うということです。

ただ、それはしたくないという人も多いです。病気のせいにすれば向き合わなくてすむ、と言った人もいます。

問題の外在化と原因の外在化

そこで提案なのですが、罪悪感を生じさせる問題は外在化しましょう、ですが解決ポイントである原因は内側にも探しましょう。ここでいう原因とは「だれのせい?」ではなくて「なにがその問題を維持している?」です。

問題は外在化するけれども、問題は所有しておきましょう。

参考リンク

発達障害「困ってないなら診察不要です」 「規格外」の人が何かを成し遂げる | PRESIDENT Online

脚注[+]

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