と言っても・・・いろんな心理セラピストがいます。精神科医もいろんな側面があるでしょう。
なんですが、精神科医っぽい態度(サイコロジストも含む)と心理セラピストっぽい態度について、こんな傾向があるんじゃないかなという観点を書いてみます。
医療モデルと心理支援モデルとでも呼びましょうか。
アセスメントの中心が診断か望みか
根本的なのは、診断を軸にするか、望みを軸にするかってことなかと思います。
医療モデルでは、診断からスタートするイメージがあります。心理支援モデルでは、本人が何を望んでいるのか(または、なにが苦しいのか、なにが困っているのか)からスタートします。
前者は、診断ありきで、さて本人の意向も尊重しよう、という感じ。
後者は、まず本人が何を望んでいるのかを知らないことには、見立て(診断)もできない、という感じです。
たとえば、愛着不安定(愛着障害)の人がカウンセリングに訪れたとします。ですが、このたび相談したい悩みの原因とは限らないわけです。本人の望み(相談の目的)を聞かないうちは、愛着障害かどうか考えてもあまり意味がないのです。
そうはいっても、その人がもっている性質によって接し方を変える必要もあるため、そういう意味ではなんの印象ももたずに始めるわけでもありません。
また、医師でも、医療モデルより心理支援モデルに近いスタンスの人もいます。
人を診るか、悩みを観るか
医療モデルでは、「この人はどんな疾患や障害を持っているだろうか」という見立てをします。
面接マニュアルによっては、「清潔感」「身なりが乱れている」「粗雑な態度」「非常識な言動」などの項目もあります。ですから、そういった目で対象者を観るわけです。心理検査には「他責傾向か自責傾向か」「自分を特別だと思っている」とかの項目があったりします。
これは広い意味ではプロファイリングという技法で、「〇〇な人は、〇〇疾患であることが多い」という統計データを使って、推定してゆくものです。つまり、「身なりが乱れている」ことが〇〇疾患の定義も原因でもないのですが、そういう人が多い(相関がある)ということです。
一方で、カウンセラーモデルの場合は、「この人はどんな悩みを持っているだろうか」という見立てをします。疾患や障害というよりも、苦しみや望みを知ることに時間をかけます。
ですから、「この人はこうだ」というように人を診るのではなく、悩みを観るんですね。
心理セラピストなんかは、心理学の知識も多少は持っているのですが、それを使わないようにトレーニングされます。「この人は粗雑な態度をとっている」なんてことに囚われないで、その人の心の声を聴こうとするわけです。
※実は病態水準などによっては、この限りではありません。
医療モデルは表に現われた客観的事実を集めて、過去の患者たちのどのグループと同じであるかを知ろうとするわけですが、カウンセラーモデルの場合は表に現われない真実を集めようとします。
「粗雑な態度」をとっているけど、それは諦めている感じなのか、分ってほしいという感じなのか、その真意みたいなもの(それを魂の叫びと呼ぶカウンセラーもいます)を観ようとします。
で、医療モデルのように、「この人は、粗雑な態度」「この人は、他責の傾向」というような目で対象者を観ながら、魂の声を聴き出すことはできません。いわゆる「ジャッジ(決めつけや評価)をしてはいけない」と言われる態度です。
それぞれのプロらしさ
医療モデルは決めるのが仕事、カウンセリングモデルは決めつけないのが仕事と言えるかもしれません。もちろん、実際には混ざっていますが。
あるいは技術者としてのサイコロジストとか、科学者としてのサイコロジストというのも、客観的データを扱うために心を使わないようにすることがプロらしさということになるでしょう。
カウンセラーやセラピストというのは、客観的データ(多くの人はこうであるという知識)を使わないようにすることがプロらしさということになるでしょう。
もちろん、カウンセリングや心理セラピーでも、心理学の理論や仮説は使うのですが、「あなたもこうですね」を見つけるためではなくて、「あなたはそうなんですね」を見つけるために知識を使います。
一般論と比べてどこが特異なのかを知るために一般論を使っているわけです。
自己診断させない/自己洞察させる
もう1つ違いがあるとしたら、医療モデルでは「自己診断を嫌う」、カウンセリングモデルでは「自己診断を助ける」という傾向があるように思います。
たしかに、カウンセリングのクライアントも自己診断が外れていることが多いです。ですが、専門家のほうが上という態度はとらないことが多いです。本人が自覚しにくい事柄を扱う場合に、介入や対立(カウンセラーの意見をぶつける)ということを行いますが、「自己診断をしないでください」とは言わないでしょう。「自己診断を修正してもらう」ことになります。
※診断は医療用語なので、正確には自己診断ではなく自己洞察ですね。
「『診断』は医療行為なので、医師以外の者が行ってはいけない」という文化と、本人中心アプローチの違いかもしれません。
※医療でも認知行動療法のように自己洞察を促す手法は取り入れられています。
活用のヒント
なので、万人共通の正解があるお悩みについては医療モデル、唯一無二の自分を扱う必要がある場合にはカウンセリングモデルが向いているかもしれません。
また、目的が治すことであれば医療モデル、目的が納得することであればカウンセリングモデルが向いているかもしれません。
両方とも活用できるとよいのですが、両サービスは価値観が違うので分断されちゃっている感じはします。医療機関に勤めるカウンセラーは、そういう意味では医療モデルのサイコロジストですので。
両方とも活用できればよいのですが、両方活用しようとすると現代ではどうしても「医療が上、心理支援が下」ということになってしまう。だから、医者に通うのをやめてから相談に来る人などもいます。カウンセラーは主治医の指示に従わなければいけないという業界事情を知っていたり、医者がカカウンセリングに行くなと言ったから、自分の意思を実現するためにそうするわけです。
私のクライアントは自己決定できる人たちなので、私は本人の意向に従っていたいと思っています。出来ないこと、しない事というのはありますが。
医者を全否定しないように提言することもありますが、最近のクライアントさんたちはそれは分かっているようです。私が精神科医2.0と呼んでいるように、開業カウンセラーやアンサイコロジスト[1]臨床心理士/心理師以外の心理支援者を全否定しない医師たちも現れてきているようです。
いずれにしても、自分でご自身の目的を自覚して探索されるのがよろしいかと思います。
脚注
↩1 | 臨床心理士/心理師以外の心理支援者 |
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