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心理セラピストの師弟関係

師を持つことは講座受講とは異なる

知識だけを学んで心理支援者になる人が増えているという懸念がささやかれています。

心理セラピストが学ぶプロセスで、知識以外のことというと、クライアント体験と、師弟関係が思い当たります。

クライアント体験については、ネイティブセラピストのトピックでいつも書いているやつですね。それを自分が選んだセラピストから受けるということが重要だと思います。

そして、師弟関係。他分野から特例措置で心理師の資格をとった人たちの特徴に、心理支援の師をもたない人が多いというのがあります。

不特定向けに発信された講座や書籍で学ぶのと違い、師とぶつかったり、励まされたり、ときに破門されたり(笑)することで心理セラピストとしての生き方が育ってゆきます。

そして、師を選びなおしたりするプロセスも心理セラピストの成長段階と関係しています。

師を持つという学びは、講座に参加して単位取得したり資格更新ポイントを稼ぐのとは別のことです。

師弟関係の形式

どんなことをするかというと、次のようなことが浮かびます。

背中を見る:セミナーを手伝ったり、叱られたり、飲食を共にしながら本音を聞いたりする

スーパービジョン:案件や事案についてアドバイスをもらう

師弟心理セラピー:師のセッションを受けてクライアント体験をする

教育分析:師に精神分析的な気づきの促しを受けること

教科書的には、師弟心理セラピーや背中を見る交流は、多重関係として危険視されるかもしれませんが、実際には重要な学びです。

また、教科書的には、スーパービジョンで心理療法(心理セラピー)を行うべきではないとされています。それをやると洗脳みたいになると懸念する意見もあります。(実際に危なげな講座も見たことあります)

教育分析はそれと違うんかい! とか、疑問はいろいろあります。

ですが、師弟心理セラピーや教育分析は大事な体験だったと言う心理療法家は多いです。

私の在野体験から

最初の養成機関では、ひたすら師弟心理セラピーを受けます。それは講座のデモセッションも兼ねているので、同窓生のプロセスも目撃することになります。心閉ざして止めてゆく仲間がいたり、自分がフリーズして進まなくなる体験もしたりします。

兄弟子達も手取り足取り教えてくれました。

「きみは良いセラピストになる」と言ってくれる兄弟子や師に出会うのも講座受講とは異なる個と個の関係だと思います。

さて、徒弟心理セラピーとスーパービジョンについてはどうなっていたか?

深層心理に触れる師弟心理セラピーの場では、たしかにセラピー活動への助言のようなことはあまりされないですね。クライアント体験を提供する師弟心理セラピーと、スーパービジョンは別のものという印象です。

ただ、少し例外があって、心理セラピストになると決意している人にだけ課しているだろうハードなワークはありました。心理セラピストだから投げかけられる問いもありました。そういった教育的な配慮はありましたが、教育はセッションの目的にすり替わることはありません。

一方で、スーパービジョン(相談)の場面で、心理セラピストとしての生き方を決めてゆく場面は多々あり、それは心理カウンセリングでもありました。こちらは心理療法とスーパービジョンが同じ場で行われていると言ってもよいでしょう。

在野では教科書とはかなり違うことが行われていました。

教科書は「してはいけない」と単純化しすぎです。

実際には、深層心理に触れるようなワークをする場合は、教育的助言は控える。普通の対話をベースとするカウンセリングでは、求められれば助言もする。というように、もう少し細分化されているのです。

実は、私は深層心理に触れるワークのときに助言を求めたことがあります。そのときセッショニストである師は「それにはここでは答えません」と答えました。

懇親会で酔っ払ったときに聞けば答えたかもしれません。つまり、師よりもこちらの理性がしっかりしているときですね。

総じて言えることは、在野の場合は徒弟制度心理セラピーやスーパービジョンを受ける先生は自分で見つけて選ぶことができます。卒業単位を貰うためにゼミの教授の心理セラピーやスーパービジョンを受けるのは嫌ですね。

私が師に心を開いたのは、単位や資格という強化子がまったく働いていません。

参考:
『教育分析の実際:家族関係を問い直す男性の事例』
東山 紘久

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