大阪での心理セラピーを受付開始していますすが、7月1~19日まで個人セッションをお休みします。

大学教育と資格制度でダメな心理支援を撲滅!?

一度意見をまとめておこうかと思います。まとまらないですけど。

事例については、ネットや本で読んだものは含めず、自身で直接見たもの、体験者から直接聞いた話に基づきます。

よくある論理

インチキ心理支援が乱立している状況を改善しなければならない。

心理カウンセラーには高度な専門性と倫理観が必要である。

そのためには、大学で臨床心理学を専攻して学んだ者だけに資格を与えるべきである。

これについて私の意見の概要は次のようになります。

  1. インチキやイマイチな心理支援は在朝カウンセラーにも在野カウンセラーにもあった
  2. 心理カウンセラーを探す人には、複数の相談先をもつことをお勧めしたい

※在朝:公的な学歴・資格を持つ人。在野:公的な学歴・資格を持たない人。

ダメな在野カウンセラーは確かにいる

ここでの在野というのは、大学で臨床心理学を専攻したり、公的な資格をもっていないという意味です。

人生の途中から心理職になった人の多くがそうなります。

私も悩める人として、いろんな心理支援者(カウンセラー等)や心理セミナー等を訪ねました。悪徳商法っぽいものや、イマイチ心理カウンセラーは確かにいました。

・デモンストレーションで、カウンセラーがオマジナイや手品みたいなことをして、サクラみたいな人たちが「すごーい」と盛り上げるセミナー。

・1回50万円のセッションを提案されて、断るとカウンセラーの弟子から「このまま人生が変わらなくてもいいのですか」と鬼のような形相で勧誘された。

・カウンセラー自身の親や元配偶者への怨みを代理戦争させるために、参加者に誰かを怨むように誘導する心理セミナー。

・「心理学を学ぶと、人の心が読めたり、人を操ったりできますよ」と言って集客している心理講座。

大ざっぱに言うと、在野のイマイチな心理カウンセラーや支援サービスはこんな感じの印象です。

  1. 悪徳商法っぽいもの
  2. 病的なもの
  3. アマチュアっぽいもの

ダメな医師・心理師・有資格カウンセラーもいる

では、医師・心理師・心理士などの在朝のカウンセラーたちはどうかというと、やはり酷い人たちはいました。

・患者が家族への不満を話すと、怒鳴り声をあげて説教する精神科医。

・「私の言うことをきかないと一生治らないぞ」と脅す精神科医。

・多剤投与で人の人生の数年間を奪った精神科医。(別の医師のもと脱薬すると治ったというよくある話)

・在野の心理セラピー講座のデモを見学して、見よう見真似で患者の病気を悪化させた心理師/心理士。

・「支援者を困らせる子供は全て〇〇トラウマです」と断言する心理師/心理士。

・頷きながら書類を書くだけの心理師/心理士。

大ざっぱに言うと、在朝のイマイチな心理カウンセラーや支援サービスはこんな感じの印象です。

  1. 悪徳なもの
  2. 病的なもの(やたらとクライアントを責める)
  3. アマチュアっぽいもの

書いてみたら、在野と同じになってしまいました・・・

在朝に特徴があるとしたら、一人歩きした専門用語や心理学概念をあてはめて、「専門家」という権威をふりかざして押しつけるというのが、よくあるパターンのようです。「知識があるから私は当事者より正しいのだ」みたいな感じです。

専門家には知識の量が人を救うという考えが根底にあるようです。



一般の人が心理学の本を読んで「あ、この人は当てはまる」とか判断しているのと大して変わらないようなことも、「資格を持った専門家」によってなされています。それは知識の不足というよりは、世界観なので、さらに勉強をしても変わらないかもしれません。

著名な医師が「素人同然の無資格者が」と表現していましたが、愛着障害を暴露法で治そうとする大学教授がいたり、支援要請が抑制されている性格や仮面ウツの患者に「笑顔で来院するあなたは仮病です。歯を食いしばって頑張りなさい」と指導する精神科医がいたりします。「素人同然の有資格者」も珍しくないです。

「在野=素人」と決めつけるのはフェアではないでしょう。

べつに在野と在朝で喧嘩はしたくないのですが、権威を振りかざして在野を叩く人には騙されないでほしいというだけです。


他にもいろいろとツッコミどころはあるのですが・・・・

つまり、私がこの目で見てきたところによると、ダメな心理カウンセラー/心理職は、在野(公的資格や学歴がない)カウンセラーに限ったものではなく、在朝(公的資格や学歴がある)にもしっかりいましたよということです。

ただ、在野で起きる問題は「ほら見ろ、素人がやるからだ」と非難しやすいですが、在朝で起きる問題は「専門家が対応してもそうなるなら仕方ない」と許されやすいです。

専門家だから間違いないのではなくて、専門家だから間違いが許される

ほんとに深刻な被害を出しているのは、素人同然の心理支援者よりも、「私は専門家だから従え」と強要する心理支援者だと思います。修正がきかないので。

※強制的な措置の是非について単純ではありまさんので、ここでの文脈的に限った話とご理解ください。

某ひきこもりの支援団体の代表は、「これまで何人もの有資格心理士/心理師さんに講演や講義を頼んだけど、どの話も私たちには響かなかった」と小声で言っていました。
某こども支援団体の代表は、「スタッフを雇うのに資格は不問です。資格をもっていても役に立たない人はたくさんいます。行政手続きに必要な場合があるだけです」と言っていました。

在野はすべてダメなのか

在野にインチキ心理支援があった。
ゆえに、在野の心理支援は全てインチキである。

これは論理的にも倫理的にも実用的にもへんだと思います。

「精神病の人が事件を起こした。ゆえに、精神病の人は犯罪者予備軍である」とか「ひきこもりの人が殺人をおかした。ゆえに、ひきこもりの人は殺人を犯しやすい」のようなバイアスや誤謬にはまらないことこそ、心理職の専門性ではないか。[1]人は一般化を好み、例外反証から目をそらす傾向があります。それを確証バイアスといいます。[2]自らと異なるグループの成員を画一的/固定的イメージにみなす心理現象を外集団均一化効果、錯誤相関などといいます。

私がクライアントとして訪れた数十人の心理支援者を振り返ると、私を助けてくれた良いカウンセラーやセラピストの多くが大学で臨床心理を専攻していませんでした。その代わり、それぞれに人生経験がありました。

高卒・中卒のカウンセラーもたいへん助けになりました。

他分野出身のカウンセラーもたいへん助けになりました。

これは事実です。

大学で心理学を専攻していなくても、すばらしい心理支援をしてくれる心理カウンセラーはいる。

つまり、白い魔女と黒い魔女がいました。黒い魔女のイメージが出来ると白い魔女が見えなくなる現象を心理学では確証バイアスと言います。魔女狩りも権威崇拝も確証バイアスです。

割合として多いか少ないかはわかりませんが、割合が少なかったら撲滅してよいというものでもないでしょう。

クライアントにとっては、一人でも役立つ心理カウンセラーに出会えることが重要なのですから。

私もそうですが、これまでは先生たちの中にも、心理学専攻ではなく理学部や工学部の心理カウンセラーもいました。たいていは大学などの学術界ではなくて、在野にいます。私の印象では、理系出身だと理系コンプレックスがないのが特徴です。「心理学は科学だーっ」と言って、主観とか、非論理性とか、証明されていない仮説とかを嫌う必要がありません。なんでもいいからクライアントが助かればいいのです。

また、学歴の低いカウンセラーの中には、ドラッグを克服した人(大学なんか行ってるわけない)や、親から売られるようにして夜の仕事をしながらリストカットをする大勢の少女たちのLINEを受け取り続けてきた人や、福祉の末端で見捨てられた人たちと共に居続けた人など、様々な貴重な経験をもつ人たちがいます。

大学で臨床心理学を学んだ心理士で、知識を武器に淡々と相談にのってくれる人にも会ったことがあります。その方のカウンセリングも役に立ちましたし、患者の間で評判もよかったです。在朝にも良いカウンセラーはいます。

在朝にも良いカウンセラーはいますが、在野の良いカウンセラーの代わりにはならないと思います。

※在野を否定する在朝の心理師は専門知識を重視しますが、在野の優れたカウンセラーはコートセンスに優れているように思います。コートセンスは知識や情報に頼ると鈍るという説もあります。

知識中心のカウンセラーと、体験・実存中心のカウンセラーは補い合うようなものだと思います。

※形式知と暗黙知とも言えますが、ここで言う体験というのはカウンセリング室での臨床経験ではありません。

たとえるなら、知識中心のカウンセラーは「ジャンクフードをのせた立派な皿」、体験・実存中段のカウンセラーは「フニャフニャの紙皿にのった料理」。

大学で臨床心理学を学んだ人も必要でしょう。それ以外も必要でしょう。私は心理職・心理カウンセラーのバックグラウンドの多様性を支持します。

音大出身の人しかミュージシャンになれないとか、調理師学校を卒業しないと飲食店をできないようにするとか、情報科学専攻じゃない人は医療アプリ開発しちゃいけないとかも、品質の確保というよりは、業界が自分の首を絞めるようなものだと思います。フグの調理師免許はよいですね、正解があるので。でも大学での生物学専攻とか魚類生物学専攻は求められないでしょう。

臨床心理士や公認心理師だけが心の専門家ではないということをゆめゆめ忘れてはならないのです。

福島哲夫『カウンセラーになる 心理専門職の世界』第3章

専門性と倫理は別のこと

こんな論理もよく聞きます。

学歴のない心理カウンセラーが不道徳な心理支援をしていた。ゆえに、心理職には高度な専門性が必要である。

これは専門性の問題と倫理の問題が混同しています。

まあ、気持ちはわかります。教育や訓練を受ける過程で自分の倫理観を育ててきた人にとっては、倫理観は専門性の一部のように思えるでしょう。

「高卒の人では、守秘義務などの倫理を守れない」という意見を臨床心理の大学教授から聞いたことがありますが、どう思いますか?

高卒のクライアントもいますけど・・・

大学教育=専門性なのかという問題もありますが、少なくとも大学教育は倫理の必要条件ではないでしょう。

学歴によって人の人格まで決めつけるような意見をたくさん聞くと、大学でちゃんと臨床心理を学んだから大丈夫という十分条件としてもあやしく思えてきます。

ダメな心理支援を撲滅したくなるのもわかる

私だって、「一日セミナーでセラピーを習ったの。だから私もセラピストでーす」という人が集客していたり、倫理的や技術的な失敗をやらかしていたりするのを見ると、「素人が勘違いしてカウンセリングごっこするなよ」とイライラしたことがあります。どちらかというと何でもありで寛容すぎる私ですが、なぜかこの強迫観念はなかなか手ごわいものでした。

まして、6年間も大学で学んできた人からすると、そうでない人が心理カウンセラーをするなんて許せないかもしれません。

多くの臨床心理士さんたちが在野の私を見下さずに仲良くしてくれてたのは、すごいことなのかもしれません。

雑念を許すことでしか、雑念を減らすことはできません。

正しさを求める心理支援だけでは、心理支援になりません。

在朝の心理支援で効果がなかったり、苦しんできたクライアントさんたちの話は、たいてい「正す心理支援」をされたという話です。

正すことで解決するものと、正すことで罠にはまるものがあることは、心理支援の要の知恵だと思いますが。

上述の魔女狩りの喩えにも似てますね。

私は正すセラピーとゆるすセラピーと呼んでいます。

私は暴力被害のクライアントからよく「ゆるすってどういうことですか?」と訊かれます。少なくとも「怒らないこと」ではないですね。魔女狩りをしている人たちも、ちゃんと怒りれない[3]専門用語では「怒りを所有できない」人たちかもしれません。

大学で6年間かけて臨床心理学を学んだ人からすると、「数週間の講座でカウンセリングを学んだ人なんかに心理カウンセリングはできるはずない」と思えるかもしれません。

そんな無知な人が人の心を扱うなんて危険だと。

しかし、人生の途中で転機を経て心理カウンセラーになったネイティブ・セラピスト[4]当事者経験のある心理セラピスト。自分の傷を自覚して、他者の癒しに出会う者。ユングの”Wounded healer”。からすると、「トラウマ症状を経験したこともなく、愛着障害やパーソナリティ障害を克服したこともなく、長く務めた会社をリストラされたこともなく、虐めや暴力被害にあったこともなく、低学歴差別に苦しんだこともなく、一般的な会社員経験もしたこともない、そんな人が学校でお勉強したくらいで、心理カウンセリングなんてできるはずない」というようにも思えます。

※「専門知識が人を救うのだ」という臨床心理の講師が増えていますが、専門知識だけでカウンセリングが出来るなら、もうじきカウンセリングは全てAIが担うでしょう。

人生全体に影響するほどの苦しみというものを、体験することなく知ることができるでしょうか?

せいぜい「ダメな人を許す」という寛容さとか、「ダメな人を責めない(責めるとよけい悪くなるから)」という専門技術を持つくらいだと思います。

そんな人の心を扱うなんて危険だと。

J.ラカンの「大学のディスクール」風に言えば、「誰かの実体験」(真実S1)が「臨床心理学の知識」(S2)をつくり、それを「クライアント」(A)に当てはめることで、「見立て・診断・解決法」(生産物$)が導き出される構図となっていてます。このとき元々の真実S1と生産物$は別のものとなっているわけですが、学者などの知識を信じる者はそのことに気づくことができなわけです。クライアントではなくて自分の知識を観察しているわけです。

繰り返し言いますが、実際に専門知識をもった専門家の心理カウンセリングや治療で酷い目にあったという話は聞きいてます。

逆に、在野のインチキ心理支援で酷い目にあったという話も本当でしょう。

私は両方ともいくつか目撃したから。

そして、在朝・在野にかぎらず、素晴らしい心理カウンセラー(といっても完璧ではない)にもたくさん会いました。

心理カウンセラーの探し方のお勧め

一番のお勧めは、権威も在野も鵜呑みにしないで、適度の疑ったり信じたりすることです。

相談できる先は複数もつ。いろんな支援者に会ってみる。病気として扱うものならセカンドオピニオン、そうでないならもっと広く視野を広げます。

権威などというものは、手掛かりにはなっても、あてにはならないです。

あなたのお悩みがちょっとやそっとのカウンセリングで解決しないのなら、けっきょくは他人ではなく自分を信じられるようになるための旅となるでしょう。

しかしこれらの罪のない個々の人間を大勢集めて集団にしてみると、そこからはひょっとすると、わけのわからぬことをいう一個の化物が生まれてくる。そして個々人は、この化物のからだを構成している最も小さな細胞にすぎない。

『無意識の心理』C.G.ユング

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