治すことより大切なことがある場合

心理セラピーというのは、病気を治すという感じではないんですよね。

私設心理相談室にには、「(解決したいけど)治したいわけじゃない」という人も来ます。

たとえばお悩み(たとえば、ウツ病とか情緒不安定とか緊張しすぎるとか)の原因が「完璧主義」だったとします。それを直せばいいと考えるのが病気の治療の発想です。

セラピストの感覚では、その人が「完璧主義」にならざるを得なかった事情があると感じとります。その悩みは意味があって起きていると捉えます。

そこには「治す」以外の何かがある。

だからその人が「完璧主義」になることで守った何かを救済します。

つまり、悩みがかゆみなら、原因はかさぶた。だからといってかさぶたを剥がすのではなく、かさぶたの下にある傷を癒すのです。その結果、かさぶたが必要なくなってかさぶたはとれますから、悩みを治したようにみえるのです。しかし、やっていることは治すことではないのです。

医療機関がカウンセラーを募集するとき、「医者の指示に従えること」「将来カウンセリングで独立開業しようなんて考えていないこと」なんて条件がついていたりします。医療カウンセリングとそれ以外のカウンセリングはちょっと違うのかもしれませんね。両方やっている人もいると思いますし、共通する知識や技術は多いとは思いますが。

暴力被害のトラウマをもつ人にとって、対人不安などの症状が治ればいいってものではないのです。性暴力被害を受けた人にとって、「男性恐怖症、閉所恐怖症の症状が出なくなったからこれでいいね」ってものではないのです。よくないのです。

耳にする情報によると、医療では症状がなくなることを目指した治療をするようです。

当事者によっては、そんなことよりも、「そんなやつがいるのかっ!」と怒りを補強してくれる人がトラウマの解消に重要だったりします。

心理的幸福感は、自律性、コントロール感、自己成長、他者とのポジティブな関係、自己受容、目的意識なと、人生の本質的な側面にかかわっている。(中略)このように、心理学者は幸福主義と快楽主義を区別することで、トラウマ体験が楽しい人生への道ではないにしても、別の意味で、よき人生をもたらしうることを理解できるようになった。

『トラウマ後 成長と回復』スティーヴン・ジョゼフ著

実体験があると判ります。だから、これは、実体験を通してカウンセラーになった人と、学校や本で心理学を勉強してカウンセラーになった人の違いでもあるかもしれません。

一方で、医療とカウンセリングがうまく連携しているケースもあります。私もクライアント(来談者)に医者を紹介することはあります。

多分これは、医療とカウンセラーの違いではなくて、治すと癒すの違いなんだと思います。治すというのは立派な仕事で、私もお世話になってきました。ただ、客層が違うのだと思います。

「セラピー」は治療という意味なので、私が医療以外のと言っているのは「ヒーリング」なのかもしれませんね。ただ、セラピーの洋書には医療ぽくないものも「セラピー」「セラピスト」と書かれています。(私のやっている心理セラピーは、英語ではサイコセラピーです)

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