セラピーは非日常

「セラピーを日常に普及させる」という活動を知りました。

それは、専門家(知識に頼った人)ではない人が大事とかいう趣旨には一理ありますが、それと混同が起きているかも、と思います。

セラピーは非日常のものです。日常がセラピーのようにならない方がよいのではないかと思います。

セラピーでは、秩序を壊します。

非日常の時間がセラピー、非日常の人がセラピストなんだと思います。

非日常という意味で専門家なのだと思います。(知識でなく、役割)

「日常にセラピーを」が何を意味しているのかによりますが、セラピストのような言葉ががけを一般の人が日常生活の中で真似するのはとても危険な遊びだと思います。

それは、「日常の中に外科手術を」とか、「日常の中に警察を」みたいな感じもします。

「もっと身近に」はよいと思いますが。

一般の人が学ぶセラピー技術というのもあってよいかもしれませんが、セラピーと呼ばない方がよいでしょう。

たとえば、「アサーティブな態度」などは本人の実践として、万人が学んで、日常化してもよいと思います。

たとえば、「状況によって沈黙と介入を使い分ける」「隠された真実に向き合うように促す」というようなことは、生き方にも関わりますので、万人むけではなく、非日常を作り出す前提も必要となります。

一般向けのセラピー勉強会で、沈黙か、介入か、受容か、対決か、といった判断が難しいという声を聞きました。セラピストという役割で生きることを決めていない人が、その判断ができないのは無理もなきことです。

それは隠されていたものを空気に晒すことであります。日常の中で暴かない方がよいことがたくさんあります。

日常の中に持ち込まない方がよいでしょう。

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心理セラピスト Kojun(上野貢潤)
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