「だって本当のことじゃないですか」と自己一致

心理セラピストは言葉の言い表す内容よりも、なぜそれを言うかに敏感です。そこを扱わないと人の悩みが解決しないからです。

「だって本当のことじゃないですか」

たいていの場合、本当のことだからという理由では人は発言しません。

食事をしながら、「海は青い」とか「6の2倍は12だ」とか突然に言ったりはしません。海が青いのは本当のことですが。

「あんたはサボってばかりだねえ」と言うのはなぜか? と問われると、「だって本当のことじゃないですか」と返したくなります。しかし、本当のことだからというだけでは、人はそれを言わないのです。

問うてみるべきは、それを言うことのメリット/デメリットです。それを言うことは役に立っているのか、不本意な結果を招いてないかです。1

機能的によろしくないと分かったとして、それでも言ってしまうとしたら、それを言いたくなる理由を知るのもよいかもしれません。それは「行動(言動)の機能」と呼ばれます。

当人は「本当のことだから言いたくなっている」と思いがちですが、本当は本当だから言いたくなるわけではありません。(笑)

「本当のことだから」は、言うことを正当化するために生じている思考だったりします。私はこれを代理思考と呼びます。本当の理由(たいていは情動や感情)を隠す効果があるのです。隠れた機能の分析とでも呼びましょうか。分析と言っても頭で考えるというよりは体験を観察する感じです。そして、これに成功した状態を自己一致と言います。

これは家族機能不全(というほどでない場合も)の困難を抱える人たちの体験としても聞かれることがあります。「だって本当のことじゃないか」と責められてきた。「おまえは稼いでいない」「おまえは家族に恥をかかせた」「お前は俺に養われているじゃないか」と。

トラウマ被害者も言われます。「あんたにも落ち度があるんじゃないですか」と。「だって本当のことじゃないですか」と。それは被害者の落ち度という概念(もかしたら事実を含む)を使って、もっと深刻な事実を隠すための悪魔の武器なんですよね。

そこで本当かどうかの土俵にのったら深刻な心理トラップにはまります。そんな人たち(クライアントさんたち含む)たくさん見ました。「本当のことだろ」と言われ、「本当のことじゃないよ」と励まされ。そんなゲームに巻き込まれています。

必要なのは、そのゲーム自体がイカサマだと知ることです。誰かはそのゲームから降りることは非社会的だと脅してくるかもしれません。その誰かは自分自身である場合もあります。

「本当のことだから」という正義のお面を恐れてはいけません。

心理セラピーでもよく現れるテーマです。なかなか手強いです。セラピストが普段から「だって本当のことじゃないですか」をやってると、扱うのはさらに困難でしょう。ここはセラピストの知識ではなくて生き様が問われます。

「性的マイノリティは気持ち悪い。だって本当のことじゃないですか」それに対して反論も出来ますが、無視も出来ないと心は病みます。

ゴングが鳴ってもリングに上がるかどうか、自分で選べるようにならないかぎり、その苦しみは解けません。クライアントを含む多くの人たちは、リングに上がらないと負け犬になるという恐怖に支配されて、人生をその恐怖に捧げてきました。リングに上がらないと苦しみが解けないと信じていたクライアントたちも、リングに上がらないことがどれほど大きな勝利であるか、を知ります。「だって本当のことじゃないですか」が大した力をもたないということ、大した力をもたないからこそそんなことを言うのだということを知ります。

ここで自己一致していかないと、自分も相手と同じような人間になってゆきます。そうなりたくない人たちが心理セラピーを受けに来ます。私は「ありがとう」と思いながらセッションを提供しています。

※当サイトの記事には実践経験に基づく意見や独自の経験的枠組みが含まれます。また、全てのケースに当てはまるものではありません。ご自身の判断と責任においてご活用ください。

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