なぜ人には寿命があるのでしょうか。
ここで関心があるのは、肯定的な意味(なぜ神様は人に寿命を与えたの?)です。
※生命科学的な理由は、細胞を作る回数(DNA複製の回数)に上限があるからだとか。
ありのままの自分や他人に出会う
どんな自分でも素敵。
(いきなり、すぎましたか?)
中年後半くらいで、社会に仕掛けられたゲーム(競争)から気持的に降りて、ありのままの自分や他者を肯定するようになる。そんな人、多いように思います。歳を重ねて角が取れる、なんてことも言いますね。
寿命のおかげかなと。
もし人間が不死だったら、いつまでも優越をもとめたり、自分ではないものになろうとしたり、その人そのものを受け入れなかったり、続けてしまうかもしれません。
寿命があるから成熟するのかも。
とくに、どん底や地位を失ったときは、その効果が発せられるタイミングかもしれません。
そのとき、いい友達・知人がいるといいですね。
セラピーに熱心に取り組んだ人たちは少なくとも、自分や他人をありのままに肯定する人生を味わうことになります。
生き方を決めることができる
人生の時間に限りがあるおかげで、私たちは生き方を決めることができる。
そのおかげで、生き方を変えることもできる。
多くの人が人生を支配するパターンを変えずに一生を終える一方で、心理セラピーに熱心に取り組む中年以降の人の姿も多いです。
「生きている間に、本当の自分になりたい」 と。