養成講座のコーチングゲーム(1対1セッション)の練習で、「役に立とうとするのをやめたら、あなたらしいセッションになるかもよ」と言うことがあります。


〔参考ストーリー〕

マイノリティ交流会には、非当事者も来ます。

支援したい人、役に立ちたい人は、すぐに来なくなります。

そうではない人たちは、長く遊びに来て、友達として、いろいろと助けになります。

役に立ちたい人と、役に立つ人は、真逆くらい違います。

理屈ではどうだか知りませんが、現実はそうです。


で、私はクライアントの友達のようなものだと思っています。

エフラットは心配して、「プロならばクライアントと友達関係になってはいけない」とアドバイスくれましたが、「友達」という概念がかなり違います。巻き込まれるみたいな関係を言っているのかもしれませんが、なんとか障碍や治す気のないトラウマや刹那的人生観のある友達に巻き込まれてたら、とっくに気がくるってるよ。彼らが自殺しようが、苦しもうが、それは私の問題ではない。だから友達でいられるわけです。多くの人は、巻き込まれたり、気持ちが感染するのを怖れて、彼ら(私たち?)を見棄てるのです。選んだり、喧嘩したり、断ったり、距離をおいたりできるから、友達になれる。

あんまり「友達だね」とは言わないのだけど、「友達だったな」という言葉がしっくりきます。

クライアントを平等に受け入れるという意味でのプロっぽさはないです。でも、クライアントを平等に受け入れるプロを見たこともありません。


コーチングゲームで、役に立ちたい人をやめてみたら、あなたのやりたいセッションになるかもよ、のこと。

聴き役とか、同じ部屋にいるだけでも役に立ってるよ、とも言います。

交流会のことからヒントをえるならば…

役に立つのは、役に立たないときも居てくれる人です。

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※このページはマスタートレーナー上野貢潤の私見です。POINTS OF YOU JAPAN の公式文書ではありません。