ジェンダー多様性のこと

思い込みとは。自分らしさとは。

私もnon-binary gender(典型的な男性や女性ではない人)です。男性性と女性性の両方を使う生業である心理セラピストには向いていると思っています。

ジェンダーの時流(前編)

セクシャルマイノリティと呼ばれたものに対する社会の態度は概ね次のように変遷してきているようです。(あなたの周りはどうでしょうか?)

不道徳である → 病気である → 個性である → 多様性の一部にすぎない

実はもっと昔には、男女以外の性が認められていた時代文化は各地にあったようですが。(ネイティブアメリカンのTwo Spirit、日本の半月(はにわり)など)

2013年、『精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)』から「性同一性障害(GID)」という言葉もなくなりました。(精神的な病としての扱いではないことが明確に。同性愛については、ずっと以前に疾患としての扱いでなくなっています)

一方で、性別違和(旧GID)の人権を認めましょうという「意識の高い」視点から、診断書を持っていない人や、軽度の性別違和、Xジェンダー(両性・無性・中性など)、揺らいでいる人はニセモノ扱いでパッシングを受けるという新たな差別も発生しています。(後述の後編ではそれを脱する動きに触れます)

2015年の電通の調査結果でLGBT層は7.6%となったことはマーケティング界ではよく知られ、ビジネス界も反応しつつあります。(顧客や従業員の中にその割合で存在し、さらにその周りに理解者がいる、という現実が認識されました)

一方で、なんでもかんでもLGBTで一括りにされることも多くなっています。当事者以外の人たちが商売等のために作り出した情報が増え、十分な情報や経験を持たない若いLGBTがそれを頼りに学んでしまうというようなことも起き始めています。つけやきばなセミナー、ワークショップ、出会いイベント、当事者感覚なく表面的な情報を集めた支援サイトなどを通して、「これがLGBTである」という情報が当事者以外によって作られています。

企業のCM

楽しく観れそうな企業CMをピックアップしました。多くの場合、「少数派」ではなく「多様性」が表現されています。

日産(イスラエル)


「ママが2人いてもいいじゃない・・・」
(多様な家族のありかたを支持)

アパレル Calvin Klein


(同性愛カップルを起用した例)

男性化粧品ブランド AXE


「割れた腹筋はいらねえ。デカ鼻、スーツ、運動、頭脳・・・、あんたはあんたのかっこよさでやれよ」
(マッチョ以外の男の魅力を支持)

トレーニングジム Equinox


(LGBT等にカテゴライズできない多様性をうったえる)

ジェンダーの時流(後編)

自分らしさ、アイデンティティ、自愛、あるがまま受容についても地続きのテーマとして見直されるきっかけとなっています。(このあたりが本サイトとの接点です。ほとんどの心の悩みは自分と向き合う旅となりますので)

トランスジェンダーの中でも、「男でありたい」「女でありたい」を超えて「私でありたい」と言う人が増えてきたように思います。(ex.「女として扱われたくないが、男になりたいわけではない」「女になりたいわけではなく、かっこいいオカマでいたい」「性別移行者であることも含めて私は私」などなど)

さらに最近では、学術界でも国連でも、二元論を脱する動きかあります。男か女か、セクシャルマイノリティか非セクシャルマイノリティか、のような二者択一ではないという現実が認識されてきています。中性的な人や、ちょっとだけセクシャルマイノリティ的な人は実際にいます。

少数派を扱うLGBTという言葉よりも、多様性を扱うSOGIという枠組みが現実的になりました。

SOGIでは、Sex(身体的性別)、Sexual Orientation(性的指向、いわゆる「誰を好きになるか」)、Gender Identity(性自認)、Gender Expression(性表現、服装など)で、人の多様性を捉えます。それぞれの項目に、男女だけでなく、「両方」、「どちらでもない」、「中間」、「こっちより」、「不明」、「流動的」など様々なあり方があります。入門としては、SO(Sexual Orientation)とGI(Gender Identity)は別のことである(たとえば、自分を女だと思っているからといって、性対象が男であるとは限らない)ということを覚えておくとよろしいかと思います。いわゆる「普通」はむしろ少数派であることが見えてきます。

入門書と入門映像


拾い読みで、コンパクトに用語・基礎知識が得られます。ポストLGBTへ向けた比較的新しい情報です。


体系的な知識ではなく、典型的な事例でもなく、実在する多様な個々を観ます。「男らしさ」「女らしさ」は自然がつくったのか、社会がつくったのか? マイノリティといいう観点からスタートしていない、さすがジャーナリズムです。


専門雑誌ですが、一般の方も読めます。医療や社会動向の入門。他の専門雑誌が「LGBTの支援」というような支援者目線を起点とする特集であるのに対して、近年どんなことが起こっているのかという状況把握を起点としています。

YouTube社

2015年 動画メドレー(日本語字幕あり)

「変化を喚起し、私たちを一歩前へ進めてくれる人たちを、私たちは誇りをもって支持します」

国連

2016年 排除の代償

東海テレビ

2017年 キャンペーンCM

当事者のお話


面白くて気軽に読めるコミック。


ほのぼのコミック。


マイノリティというよりは多様性であるという観点がよくわかる。


人と違うと感じる子供時代がある人は共感するかもしれません。

YouTubers

   
  

ItGetsBetter Japan

2010 アダム・ランバート(歌手、舞台俳優)

「どこかの小心者が言う『君は間違っている』を信じないで」

2011 NYのジェイミー君(自殺の4ヵ月前)

TED

2014/11 ジェンダーを踏み越えてゆくこと(日本語字幕あり)

「存在はすべて変化し続けています」

2015/01 何が「普通」か…(日本語字幕あり)

「小さな子供たちはそんな風です。ありのままのあなたを受容れるという、実に稀な能力を持っています」

2015/05 園児が私に教えたこと(英語)

人々の反応

Asian Boss

2017 街頭インタビュー

Ask Japanese

2017 街頭インタビュー(東京の若者)

キットチャネル

2017 街頭インタビュー(東京の年配者)

BCC

2015 同性愛者の処刑(イラク)

REACT

2013 子供たちに同性婚をみせたら、どんな反応?(日本語字幕あり)

今日の日本では、あからさまに否定する人は多くありません。しかし、未知なるものへの怖れはあります。やたらと「私は何とも思わない」と言う人は、なんとも思っています。「逆に励まされます」と言う人は、可哀想な人として見ています。学校で教えると一部の親からクレームがあります。言葉の節々や、いざ肉親に関係するときに、隠れた本心が見え隠れします。しかし、それがあるからこそ、本当に何とも思わない人、驚きながら適応してゆく人、人そのものを見る人がいることも明らかになっています。

脱マイノリティ

マジョリティとマイノリティとの対立概念から脱することを「インクルージョン」と言ったりもするようです。

70~80年代頃の漫画のキャラクターで、『パタリロ!』のバンコランとマライヒ(今でいう同性愛者)や、『ストップ!!ひばりくん』のひばり(今でいうトランスジェンダー)がいました。作者の方々は同性愛者とかトランスジェンダーというものを描こうとは思っていなかった、そんなものは知らなかったそうです。そこにはキャラクターひとりひとりがあるだけで、マイノリティという概念はなかったのですね。

 

差別への反作用でLGBTというような概念が生まれましたが、現代のダイバーシティ、インクルージョンの時流は、マイノリティという概念がなかったころへ戻ろうとしていると言えるかもしれません。

ジェンダーをフル活用する時代

「男性性/女性性」というと、昔は男性と女性の違いのトピックが好まれていました。今では、「男と女の違いなんて話は聞き飽きた。男性性と女性性の統合について知りたい」という声がきかれます。「男と女は別の生き物だからね」なんて言っている場合ではなくなってきているようです。

殆どの心のトラブルにあるがままの自分を否定することが関与していることを顧みると、世界が「間違いを正す」アプローチを越えようとしている昨今のようにもみえます。知らないがゆえの怖れを取り除いてみると、そこには「マイノリティ」も「障害」もないのかもしれません。