人が亡くなったときに、「死んだ」と思うか「生きた」と思うか

トランス女性を表に出して生きることは、ゆるやかな自殺でもあると思う。それは、考察してそう思ったのではなくて、実際に人が死んだり、先人のトランス女性に抱きしめられながらお話聞いたりしてきて思うこと。

私はちがうのだけど、身体にオペ(手術や注射)をすると健康に負担がかかる。命を縮めることになる。そうでなくても、社会的に消されたり、経済的に生存が脅かされる傾向もある。実際に自殺したり行方不明になる例はままある。

子供を持たないということと直結している場合も多い。それも生命の途切れなのか、「死」と似たところがあるケースはままある。

そうなるのは分っていてトランスを生きるわけだから、それは命を削って、命を代償としている。

それは、「命よりも大切なものが見つかった」とも言える。

怖れ(危険から身を守るための恐怖感情ではなくて、人生を制限する心の闇)から開放されるのは、エゴを超えるものを持つことだとすると、

「命よりも大切なものが見つかったときに、人は幸せになる」とも言える。

なので、トランスを生きた誰かが亡くなったとき、「死んだ」というよりも「生きた」という印象がある。自分を生きないで一生を終える人の方が多いことを考えると、それはいわゆる幸せではないけれども、人生の勝者に思えてならない。

生存のために生きるのではなく、生きるために生きることができるか。

Facebookで女性装を公開しはじめたとき、「うけるね」もたくさんもらった。それはそのままにしておいた。

「笑わないでくれ」とお願いするつもりなど毛頭なかった。

他人に自分の魅力を伝えることは私の美学だが、他人の評価はどうでもいい。魅力を伝えるために生きることと、評価されるために生きることは異なることなの。

つまり、醜いと評価されることすら、美なのよ。

そんな生き方は生命を削るけれども、命を使うことが命への感謝なのだと思う。

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心理セラピスト Kojun(上野貢潤)
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