多様性 Male and Female WE ARE LOVE Kojun

このページは、性の多様性(ジェンダーとセクシャリティの多様性)の入門ガイドにしてみたいと思います。

ジェンダー多様性については、男性性と女性性の両方を使う生業である心理セラピストとしても関心のある分野です。

ちなみに、私は精神面で性別を越境しているノンバイナリー・ジェンダーです。

最近は「自分の回りのマイノリティ当事者をきっかけに、多様性に関心もつようになった」という方々も増えているようです。

配慮するだの、配慮しすぎだの議論になることもある昨今、ざっと入門しておいてもよろしいかと思います。

 

イントロダクション

企業の反応

啓蒙家・活動家だけではなく、企業が多様性の存在を認めているというのは近年の大きな特徴だと思います。まずは時代を反映するとも言われる企業CMを見てみましょう。

Coca Cola 飲料メーカー

(2015年 – 多様な家族のありかたを支持)
「もし家族を選びなおせるとしたら、私たちを選んでくれる?」

 

Nissan Mortor 自動車メーカー

(2016年 – 多様な家族のありかたを支持)

 

Calvin Klein アパレル

(2015年)



もっとCMをみる

日本のマーケティング関係者の間では、電通ダイバーシティ・ラボの調査結果がよく知られており、2015年頃からビジネス界も反応しています。2018年版データによるとLGBT層は8.9%。少数派とは言えないという現実が認識されています。(調査によっても数値は変動しています。3%程度とする調査もあります)

顧客や従業員の中に一定割合存在する可能性があり、その周りにいる友人などを考慮すると、それをあからさまに差別否定することは市場の2~3割を失うリスクを意味します。

LGBTQをきっかけに、様々な働き方や、多様な顧客視点に目覚める企業もあります。

一方で、対外的なCSR活動はしていても、社内職場には差別があるという企業もあるようです。

LGBTQフレンドリーを謳っていても宣伝部に施策の決定権がある会社もあります(宣伝のためだけのダイバーシティ推進)。それはそれで自然なことかもしれません。

かと思えば、従業員のLGBTQ当事者に社長自らが話しかけて声を聴いている会社もあるようです。

企業の実態は様々です。

前世紀にパソコンが企業に普及した頃、さっさと取り入れた会社と、頑なに拒む人たちがいる企業がありました。なんだかその頃の様子に似ています。

また、2017年頃には、ブームに乗ろうとする”なんちゃってLGBTビジネス”(勘違いな出会い系イベント、付け焼刃なセミナー、資格ビジネス)もありました。

カウンセラー業界でもLGBTQ関連セミナーを商売にしようとする動きがあり、当事者かつ心理専門家の私が挨拶しようとすると、コソコソ逃げるカウンセラーや講師もいました。2017年頃から現在まで「LGBTQのための心理支援をしたい」などと言う人が現れていますが、「LGBTのメンタルヘルス」などという言葉には、LGBTQの支援商材化とでもいうような印象を感じます。この動きは、〇〇障害、不登校などに関する悩みの商材化とよく似ています。私も心理支援をビジネスとしているのですが、そんな私から見ても不気味に感じる広告を見かけます。

入門映像

分かり易い入門向けの動画を観てみましょう。

東海テレビ

2017年 キャンペーンCM

※すでに旧い時代を感じますが、入門として分かり易いかと思います。

日本テレビ

2018年 日テレNEWS24

※ノンバイナリー(中性、無性、両性など)に着眼したのは重要ですが、なんとなく好きになれない動画です。

 

LGBTQ概観

LGBTQの時流(前編)

ジェンダーマイノリティ/セクシャルマイノリティと呼ばれたものに対する社会の態度は概ね次のように変遷してきているように思います。(同性愛と性別越境がごちゃ混ぜで失礼します)

神聖なもの/第三の性

不道徳である

病気である

個性である

非常識である

多様性の一部にすぎない

前近代には、キリスト教圏を除く各地の社会・文化で、男女以外の性が認められていました。霊的な存在、祈祷の役割、相談を受ける者というような社会的地位がある場合もあったようです。(現代でいうところのカウンセラーやセラピスト!?)

脱病理化

不道徳や精神疾患として拷問的矯正(たとえば、ゲイに男性ヌード写真をみせながら電気ショックで苦痛を与える、レズビアンに男性との性行為を強制するなど)、コンバージョン・セラピーの対象となる時代を経ましたが、医療現場でもセラピー現場でも、それらは治すべき病理ではないことが再び明らかとなり、今日に至ります。(病気扱いしないという動きを、「脱病理化」といます)

私の師匠世代の先人セラピストは、「同性愛を治す」という試みは、ことごとく上手くいかなかった(セラピーが機能しないか、人を幸せにしなかった)と言っています。

「同性愛や性別越境がセラピーで治った」という事例を宣伝して「治すべきだ」と主張する団体もあります。

間違いを正すためのセラピーと、本人の望みを叶えるためのセラピーがあるわけです。

日本の場合で言うと、それらが不道徳や精神疾患とされたのは、明治維新の西欧化(ドイツ医療の導入)からとの説があります。

ただ、精神疾患とされたのは、不道徳という理由で攻撃されることを避けるための次善策という意味もあったかもしれません。

2013年、『精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)』から「性同一性障害(GID)」という言葉もなくなり、「性別違和」という言葉に改められました。(性別越境は精神的な病としての扱いではないことが明確に。同性愛については、ずっと以前に病としての扱いでなくなっています)

2019年5月、長く検討してきた世界保健機関(WHO)も『国際疾病分類(ICD)』の改訂を合意、「性同一性障害」を「精神障害」の分類から除外し、名称を「性別不合」に変更しました。

参考リンク:

多様化する差別

そして、マーケティング界が反応を始めていることは上述の通り。

性別違和(旧 性同一性障害)の人権を認めましょうと意識が高まる反動で、診断書を持っていない人や、軽度の性別違和、Xジェンダー(両性・無性・中性など)、揺らいでいる人などのLGBT未満はニセモノ扱いでパッシングを受けるという新たな差別も発生しました。トランスジェンダー女性のコミュニティで「半端なトランスはお断り」と掲げられたり。外観の良いトランスジェンダーが外観の悪いトランスジェンダーを批判する動きもありました。

身体の性適合治療を望まないトランスジェンダーが、「性適合手術をしないのは、人生から逃げているからだ」と責められることもあります。

「男らしく・女らしくあるべき論」を脱しても、新たな差別基準「性同一性障害らしくあるべき論」「トランスジェンダーらしくあるべき論」が出来てたりします。

ゲイがバイセクシャルを「中途半端なゲイ」「裏切者」であるとして批判するということもありました。

当事者や理解者を自称する人の中にも、様々な差別や心理的トラブルがあるわけです。

「差別する悪い人たち VS 差別される善良な人たち」というような二元論的な世界ではないのです。

「自分と異なる者、理解できない者は排除せよ」という差別的心理と、「自分は被害者だ、敵を叩け。お前も敵かっ」という善悪分裂(100%味方してくれない者を敵と知覚する心理)・ドラマ三角形の心理が憎しみの世界を織りなしています。一方で、それを解きほぐすように、ただ何も考えずに仲良くしてゆく人たちがいます。

当事者のお話

日本のYouTubers



2017年頃には一般の方々(ユーチューバーぽくない人たち)のカミングアウト動画がありましたが、今はなくなりました。

個人にとっては、公カミングアウトすることはメリットよりもデメリットの方が多いのかもしれません。

カミングアウト云々

最近では、信頼や関係性によってカミングアウトする範囲を限定する(ゾーニング)のが一般的です。容姿や服装で分かってしまうトランスジェンダーはそうもいかない場合がありますが。

参考リンク:

2018年に中学校の教科書にもLGBTが載ることになりました。それ以前に、学校教員の当事者が公にカミングアウトしたら、どんなことが起きるのでしょうか? 学校や教育にご関心のある方は、カミングアウトされた先生のお話も聞いてみましょう。

ItGetsBetter Japan

2010 アダム・ランバート(歌手、舞台俳優)

「どこかの小心者が言う『君は間違っている』を信じないで」
2011 NYのジェイミー君(自殺の4ヵ月前)

「まずは自分自身を愛してください」

YouTube社

2015年 動画メドレー(日本語字幕あり)
カミングアウト動画などを集めて編集したものです。


 

たくさんの当事者たち

人々の反応

2017 街頭インタビュー(Asian Boss、Ask Japanese、キットチャネル)
  

2015 同性婚/同性愛に関する初めての意識調査
(動画削除)

今日の日本では、あからさまに否定する人は多くありません。しかし、未知なるものへの怖れはあります。やたらと「私は何とも思わない」と言う人は、なんとも思っています。「逆に励まされます」と言う人は、可哀想な人として見ています。

しかし、それがあるからこそ、驚きながら適応してゆく人、人そのものを見る人がいることも明らかになっています。

REACT

2013 子供たちに同性婚をみせたら、どんな反応?(日本語字幕あり)

人々がマイノリティを受け入れるきっかけとしては、次のようなものもありました。

  • かわいそうなら許す(悲惨な実話やドキュメンタリー)
  • 面白い/ウィットなら許す(オネエタレントの活躍)
  • 美しい/実力者なら許す(美形女装、エグゼクティブ)

逆に、これらが備わっていなくても、受け入れることができるかというのが、自他への態度として人類に問われているように感じます。しかし、きっかけとしては、これらも重要なものかもしれません。

ところが最近は、上記の3つ以外に、「普通」からはみだす経験などから、共感のようなものを感じるという話も聞きます。「理解しよう」というよりは、違いや理解できないことがあっても仲良くできる世界という大きなテーマの一部として見られることも増えているようです。
(べき論としては昔からありましたが、自然にそう思う人が増えてるかもしれません)
 

このページにも動画や番組へのリンクがありますが、それらのメディアのコメント欄を見てみると様々な反応が書き込まれています。それらが世間を代表しているかはともかく、それも実情を知る参考になるかもしれません。ただ、当事者の方は心理的負担になるので無理してご覧になることはないかと思います。


 

参考書

Kojun独自に厳選しました。

「好き」の?(ハテナ)がわかる本  ナショナルジオグラフィック日本版 2017年1月号 ジェンダー革命 ORIGIN

『「好き」の?(ハテナ)がわかる本』は、小冊子サイズ。軽い口調で、よくある誤解を解いてゆきます。
『ナショナルジオグラフィック ジェンダー革命』は、体系や典型にとらわれず、実在する多様な個々を紹介しています。「男らしさ」「女らしさ」は自然がつくったのか、社会がつくったのか? という切口が特徴的。

当事者コミック

花嫁な元男子 レズビアン的結婚性格 男装女子と女装男子が結婚しました。

どれも、気軽に読めるコミック。MtF性別適合の体験談と、ディズニーランドで式を挙げたレズビアン・カップル、トランスジェンダー同士の結婚のお話。


 

昔のマンガはとっくに

マジョリティとマイノリティとの対立概念が崩れつつもあります。が、なにを今さらというのが、漫画の世界かもしれません。

70~80年代頃の漫画のキャラクターで、『パタリロ!』のバンコランとマライヒ(今でいう同性愛者)や、『ストップ!!ひばりくん』のひばり君(今でいうトランスジェンダー)がいました。作者の方々は同性愛者とかトランスジェンダーというものを描こうとは思っていなかった、そんなものは知らなかったそうです。そこにはキャラクターひとりひとりがあるだけで、マイノリティという概念はなかったのですね。
(『こち亀』のマリアさんはそうではなく、ニューハーフという概念ありきで創作されてます)

 

セクシャルマイノリティと日頃から仲良くしている人たちはLGBTなんて言葉を使うことはありません。個人名で呼ぶだけです。やがてLGBTなんて言葉は要らなくなると言う人もいますね。そんな世界は昭和の漫画にとっくに描かれていたわけです。

差別への反作用でLGBTというような概念が生まれましたが、現代のダイバーシティ、インクルージョンの時流は、マイノリティという概念がなかったころへ戻ろうとしていると言えるかもしれません。

当事者との自然な接し方

自然てなんやねん! てすが、主観による個人的な意見を書いてみます。暗記してもしょうがないことですが、ご参考に。

正直に驚く

驚いたときは、驚きを隠すことに頑張りすぎなくてよいかと思います。慌てて「ぜんぜん気にしない」とか言うと、不自然です。正直に驚いて、いじらないのがオススメ。

理解していると言わない

たとえば、「知り合いにゲイがいるから」を根拠にして、ゲイに理解があると主張しない方がよいです。外国人が「日本人の知り合いがいるから、わたしは日本人のことを分かってます」と言うようなものです。

「私より○○」と言わない

トランスジェンダー女性に「私より綺麗」と誉める人がいますが、女性が女性に「私より綺麗」と言ったような失礼になることがあります。差別だとか言うつもりはありませんが、配慮しているつもりだとしたら失敗かもしれません。言われて喜ぶ人も、嫌がる人もいます。慣れていて笑う人もいます。

分からないことは、必要に応じて本人の声を聞く

本人の主張を何でもを無条件に受け入れるべきというものではないと思いますが、どのような接し方を望むかは多様です。

 

国際・社会のこと

国際情勢

HUMAN RIGHTS WATCH

2014 同性愛者への虐待(ロシア)

BCC

2015 同性愛者の処刑(イラク)

いくつかの国では、異性装や同性愛は犯罪とされています(国連加盟国の37%で同性の性行為が違法)。いくつかの国では、それとは逆に、人権を保証するための法律があります。日本はというと、そのどちらでもなく、概ね法律上はセクシャルマイノリティが存在しないことになっています(「不可視」と言います)。

国連における性的指向と性同一性に関する声明への賛否

国連における性的指向と性同一性に関する声明への賛否
青=賛同国、緑=反対表明国  2012 by Knowz

一見すると欧米が先進的のようにみえますが、そもそも差別を世界に広めたのは欧米のキリスト教文化と植民地開拓であることにも注意が必要です。

参考リンク:

国連

2016年 排除の代償

 

統計は興味深いですが、「はたして、経済損失の問題なのか」という疑問を感じないでしょうか?

イスラムに対する西洋の文化的な優位性を示すためにLGBTQが利用されているという説もあります。

なお、なにかと遅れているとされる日本ですが、なんだかんだいって、セクシャルマイノリティたがからという理由での直接的な暴力(路上で殴られるなど)は少ない方だそうです。北米などは進んでいるイメージあるかもしれませんが、最近まで同性愛難民に対してセックスしている写真を提出させていたなど、全体的に人権意識が高いわけでもなさそうです。

手の指が四本の奇形児は西洋では魔女狩りの対象でしたが、日本では神の使いとされました。

根底では、日本は最先端に近いのかもしれません。

Yahoo!ニュース
「男子高生もスカートOK」台湾で初 “短パン女子”から“スカート男子”へ(クーリエ...
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190727-00000001-courrier-cn&p=1
「男子生徒のスカート着用」を正式に認める──。台湾の高校で7月、史上初の判断が下さ - Yahoo!ニュース(クーリエ・ジャポン)

 

国内のこと

2015年 初パートナーシップ条例(渋谷区)

同性婚については、同性愛者カップルに関係するものと思われがちですが、戸籍変更していないトランスジェンダー女性(戸籍上男性)とシス男性のカップル等にも当てはまります。この場合、結婚するためには戸籍変更が必要、そのためには手術が必要といったことが関係しています。

論者の意見など

 

LGBTQの時流(後編)

性の多様性についての認識が進んでいることは、「自分らしさ」、「アイデンティティ」、「自愛」、「あるがままの受容」についても地続きのテーマとして見直されるきっかけとなっています。自分が自分であるためにという観点で興味をもつ人も多いのではないでしょうか。

脱二元論

2017年頃から、トランスジェンダーの中でも、「男でありたい」「女でありたい」を超えて「私でありたい」と言う人が増えてきたように思います。(ex.「女として扱われたくないが、男になりたいわけではない」「性別越境者であることも含めて私は私」などなど)

さらに最近では、学術界でも国連でも、二元論を脱する動きかあります。男か女か、セクシャルマイノリティか非セクシャルマイノリティか、のような二者択一ではないという現実が認識されてきています。中性的な人や、ちょっとだけセクシャルマイノリティ的な人は実際にいます。

少数派を表すLGBTという言葉よりも、多様性を表すSOGIE(そじぃ)という枠組みが現実的になりました。

それに一つ加えて、次のような項目で人の性の多様性を捉えることが近年一般的です。

  • Biological Sex
    (身体的性別:生殖器や遺伝子)
  • Sexual Orientation
    (性的指向:好きになる相手の性)
  • Gender Identity
    (性自認:本人の認識する性)
  • Gender Expression
    (性表現:服装・仕草などの外見)
  • Assigned Gender / Sex
    (割り当てられた性別:出生時の戸籍の性別)

それぞれの項目に、「男」「女」だけでなく、「両方」、「どちらでもない」、「中間」、「こっちより」、「不明」、「流動的」など様々なあり方があります。入門としては、SO(Sexual Orientation)とGI(Gender Identity)は別のことである(たとえば、自分を女だと思っているからといって、性対象が男であるとは限らない)ということを覚えておくとよろしいかと思います。

2018年頃から、Gender Identity(性自認)が二元論(男女の二択)におさまらないXジェンダーという自覚の人たちが存在を表し始めています。

今後は、Sexual Orientation(性的指向)についても、グレーゾーンの人たちも存在を表しそうです。(同性愛というほどてもないけど、絶対違うというほど抵抗もないというような指向を「フレキシブル」と言ったりします)

いわゆる「普通」はむしろ少数派であることが見えてきます。

参考リンク:

ジェンダーをフル活用する時代

「男性性/女性性」というと、昔は男性と女性の違いのトピックが好まれていました。今では、「男と女の違いなんて話は聞き飽きた。男性性と女性性の統合について知りたい」という声がきかれます。「男と女は別の生き物だからね」なんて言っている場合ではなくなってきているようです。

殆どの心のトラブルにあるがままの自分を否定することが関与していることを顧みると、世界が「間違いを正す」アプローチを越えようとしている昨今のようにもみえます。知らないがゆえの怖れを取り除いてみると、そこには「マイノリティ」も「障害」もないのかもしれません。

 

 

心理セラピスト的に気になること

政治利用・ビジネス利用

一つは、差別を解消してゆくという流れの中で、政治やビジネスに利用されるという場面や側面も出てきています。当事者としては、社会の変化を望みながらも、利用されている感じもあるといったところでしょうか。

ビジネス利用(LGBTQ支援を謳うことでイメージアップする、LGBTQ市場を狙う)については、慈善事業ではないからという理由で非難することでもないでしょう。ただ、その性質を承知しておく必要はありそうです。

不完全なるものを叩きたくなる心理

もう1つは、社会の変化は1ステップで理想に到達するものではないということです。

法改正や社会の対応に貢献した医者・行政担当・研究者は、その内容が完璧でないという理由で度々批判の的になっています。

たとえば、パートナーシップ制度が実現したときに「同性婚を諦めさせるための陰謀に加担している」との批判がありました。

性同一性障害者特例法(戸籍の変更)が成立したときには、「その条件設定が不完全だ」として、その実現に貢献してきた関係者が避難を浴びました。

ティファニーがゲイのカップルを起用したCMを作れば、「市場が大きな男性カップルを重視して、市場として小さいトランスジェンダーを取り上げていない」などと批判されます。

各種のキャンペーンに対しては、売名行為だと批判があがります。

心理的に言うと、人は自分の望みや希望(「同性婚を望む」「条件を緩和してほしい」)を述べるのは難しく、自他を攻撃(上記の批判)するのは簡単ということです。どうして欲しいかを言わずに、誰が悪であるかを言う、という性質が不利を招きます。(主張内容が正しいかどうかではなく、心の成長に関わる課題です)

もう1つ関わっているのは、「完璧理想通りでないものは、最悪のものとみなす」という心理です。これも様々な分野でみられる心の成長に関わる課題であり、克服しなければ不利な結果を招きます。

どちらも人の病理的な側面を表しています。性的にマイノリティであること自体は病理のメカニズムをもたないですが、これらの性質は敵を増やしてゆく心の課題に悩む人たちのメカニズムとよく似ています。

当事者が、「完璧でない味方」「不完全な前進」に対して、悪や敵とみなして叩いてしまうという性質をどれくらい克服できるかが、マイノリティの未来を左右するだろうと思います。

社会感情(バックラッシュ)の煽り

もしも性の多様性に対する否定勢力があったとしたら、多様性肯定派や当事者が感情的に拳を振り上げて叫ぶ姿のコンテンツを蓄積することを狙うであろうと思います。否定勢力に社会心理の専門家がついていれば、肯定派を刺激して感情的に叫ばせるでしょう。そこで叫ばれている内容が正しいく、正当な怒りであっても、否定勢力にとって都合の良い展開が可能になります。正しくない者が正しい者に勝つ方法は、正しさを背景に攻撃させるというものです。この側面について冷静に観察している当事者もいますが、下手に啓蒙すると「なぜおまえも叫ばないのか。おまえのその態度が差別を許してしまうのだ」と叩かれかねないわけです。社会的な心理戦は社会感情を計算にいれて仕組まれます。2020年オリンピックが終了して多様性肯定を後押しする経済的理由が消滅したときに、心理戦の勝敗が問われると専門家の間では言われています。

これも、正しいかどうかの勝負ではなくて、心理戦なのです。

また、差別発言などに対して批判を論じるときに、情報・論理の間違いの指摘と、倫理道徳観人権への配慮のなさの指摘を区別せず、すり替えると、ただの喧嘩になります。「生産性」という言葉を使う配慮のなさを批判したいのに、「生産性はある」と反論すると、ニュートラルな立場の人には伝わりません。ダイアログにならないとも言えます。

これは、内容ではなくて、人に対して「敵だ」と反応する心理によって起こります。「対象関係」という領域に入ってしまい、トピックではなく、各自の心の病がもつれあうことになります。

ペナルティで人を変えようとすると代償が発生する

罰則によって差別を解消しようとするのも、世の受容を遅らせることになると思います。「LGBT差別解消法案」という名前は、悪を叩くという主旨が表れています。そうでもしないとLGBTは救われないという被害者という位置におとしめます。心理では「ドラマ三角形」と呼ばれ、人や社会が憎しみの連鎖を生む仕組みとして知られます。「多様性活用促進法案」なら、発想は違ってきます。(⇒参考:)

助ける人たちの建前と本音

性の多様性の教育(LGBT教育)を「可哀想な人を助けるためのもの」と捉えている人が多いこととも関連しています。

小学校での授業のあと、子供が「先生はゲイなの?」と聞きました。先生は「んなわけねーだろ」と答えました。子供たちは教科書ではなく、先生を見ているようです。さすが、賢いです。


 

さらなるガイド

イベント情報


イベントの情報源

映画など

ドキュメンタリー、実話をもとにしたドラマ、フィクション・ドラマなど様々に紹介します。

オンライン視聴可能

Short Film

2017年 Cameron Thrower – PRETTY BOY (32分)

ドキュメンタリー動画

2018年 毎日新聞 – 「自分のまま」働く (5分)

Amazon Prime Video視聴可能

ドキュメンタリー映画

2016年 古波津陽/真境名ナツキ 『ハイヒール革命!』

『ハイヒール革命』

ドラマ映画

2007年 ダイ・シージエ『中国の植物学者の娘たち』
2013年 グザヴィエ・ドラン『わたしはロランス』
2018年 セバスティアン・レリオ 『ナチュラルウーマン』

『中国の植物学者の娘たち』 わたしはロランス 『ナチュラルウーマン』

機会があれば上映会などで

※上映期間を逃すと、なかなか観れないものが多いです。

映画の情報源

おもしろ読物

エンタメ/ファッション

2018年 全力!歌劇団 – 『抱きしめたい』 (6分)

入門向きな交流会(東京)

ニュース情報源

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当サイト内の関連ブログ記事


※このページは、短時間で入門できるガイドを心掛けています。世界観や情報源の選択には私見が含まれています。