このページは、性の多様性(ジェンダーとセクシャリティの多様性)の入門ガイドにしてみたいと思います。

性の多様性 ジェンダー

多様性には人間の心のテーマがよくよく表れます。それは時代が私たちに何かを気づかせようとしているようでもあります。

ジェンダー多様性については、男性性と女性性の両方を使う生業である心理セラピストとしても関心のある分野です。

 


企業の反応

啓蒙家・活動家だけではなく、企業が多様性の存在を認めているというのは近年の大きな特徴だと思います。アパレル、美容、ファミリー関係(不動産、車、携帯電話など)の反応が早いようです。気軽に見やすいものとして、まずは企業CMをピックアップしてみましょう。

食品メーカー Honey Maid / This is Wholesome(2014年 - ゲイカップル家族を起用)
当時はたくさんの苦情が来たそうです。
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あるベテラン教員は、「数十年間、教員をしているが、そんな子供(セクシャル・マイノリティ)は一人もいなかった」と言いましたが・・・

日本では、2015年の電通の調査結果でLGBT層は7.6%となったことはマーケティング界ではよく知られ、ビジネス界も反応しました。(顧客や従業員の中にその割合で存在し、もはや少数派とは言えないという現実が認識されました。その周りにいる友人を考慮すると、それをあからさまに差別否定することは市場の2、3割を失うリスクを意味します)

LGBTQをきっかけに、LGBTQに限らず様々な働き方や顧客視点に目覚める企業もあります。一方で、対外的なCSR活動はしていても、それは外面だけのことで、社内職場には差別があるという企業もあるようです。

受容が人の本音レベルへと浸透するのには時間が必要ということかもしれません。私の耳に入る情報でも、LGBTQフレンドリーを謳っていても宣伝部に施策の決定権がある会社もあります(損得勘定だけのダイバーシティ推進)。かと思えば、従業員のLGBTQ当事者に社長自らが話しかけて声を聴いている会社もあるようで、実態は様々です。

また、2017年頃には、ブームに乗ろうとする、なんちゃってLGBTビジネスの気配も多く感じられました。つけやきばなセミナー、出会いイベント、表面的な情報を集めた支援サイトなどを通して、当事者不在の的外れな情報が商業的に生産されていました。最近は、極端な的はずれは減ったように思います。

入門映像

いろいろ観てゆくことで、抵抗がなくなることもあります。逆に、いろいろ観てゆくと「これは許せる」とか「これは許せない」いった評価的感情が出てくることもあります。それは、自分の感情であるということに気づいてゆくと、それが自己探求の助けになることもあります。

まずは、分かり易い入門向けの動画を観てみましょう。

東海テレビ

2017年 キャンペーンCM


有名な活動家たちが出ています。(氷山の先っちょです)

日本テレビ

2018年 日テレNEWS24


番組の中で紹介された若年層対象の調査結果によると、Xジェンダーらしき人は5%となっています。

常識とは何か?

クイズ1

男性の身体に生まれ、女性の心や生き方をもつ人は、「トランジェンダース女性」と呼ばれます。トランスジェンダー女性の恋愛対象/性対象は「男性」でしょうか?

クイズ2

トランスジェンダー女性の人が男性に惹かれるのは、「同性愛」でしょうか、「異性愛」でしょうか? 

 
このページでは多様性の分類や用語解説に重きを置いていませんが、入門としては次の2つを区別しておくと分かりやすいかと思います。

【ジェンダー】
自身について、男か、女か、それ以外かに関すること。性別越境、男らしさ/女らしさは、こちらの観点です。

【セクシャリティ】
性的欲望や恋愛の対象について、同性愛か、異性愛か、それ以外かに関すること。

たとえば、男性の体と女性の心をもつ人が、男性を性的対象とするとは限らないということです。
 

クイズ1の答え
男性とは限らない。男性かもしれないし、女性かもしれないし、それ以外(両方、トランスジェンダーのみ等)かもしれません。

クイズ2の答え
異性愛であることが多い。多くの場合、女性の心境で男性を好きになっています。恋愛が成就すれば、男女のカップルとして振る舞います。

これらの答えに対して、驚く人もいます。「そんなはずはない!」と怒りだす人もいます。

LGBTQの時流(前編)

ジェンダーマイノリティ/セクシャルマイノリティと呼ばれたものに対する社会の態度は概ね次のように変遷してきているように思います。(同性愛と性別越境(トランジショニング)がごちゃ混ぜで失礼します)

神聖なもの/第三の性
 ↓ 
不道徳である
 ↓
病気である
 ↓
個性である
 ↓
非常識である
 ↓
多様性の一部にすぎない

前近代には、各地の社会・文化で、男女以外の性が認められていました。霊的な存在、祈祷の役割、相談を受ける者というような社会的地位があったようです。(現代でいうところのカウンセラーやセラピスト!?)

不道徳や精神疾患として拷問的矯正(たとえば、ゲイに男性ヌード写真をみせながら電気ショックで苦痛を与える、レズビアンに男性との性行為を強制するなど)の対象となる時代を経ましたが、医療現場でもセラピー現場でも、それらは治すべき病理ではないことが再び明らかとなり、今日に至ります。(病気扱いしないという動きを、「脱病理化」といます)

私の師匠世代の先人セラピストは、「同性愛を治す」という試みは、ことごとく上手くいかなかった(セラピーが機能しないか、人を幸せにしなかった)と言っています。

性別越境者(トランジショニング)については、セラピスト業界は理解が遅れていると感じます。医療関係者の方が進んでいる印象です。(幼少期の刷り込みや世代間連鎖の知識によるバイアスがかかるのかもしれません。⇒参考:LGBTQとトラウマ)

日本の場合で言うと、それらが不道徳や精神疾患とされたのは、明治維新の西欧化、ドイツ医療の導入からとの説があります。

ただ、精神疾患とされたのは、不道徳という理由で攻撃されることを避けるための次善策という意味もあったかもしれません。

2013年、『精神障害の診断とマニュアル(DSM)』から「性同一性障害(GID)」という言葉もなくなりました。(性別越境は精神的な病としての扱いではないことが明確に。同性愛については、ずっと以前に疾患としての扱いでなくなっています)

そして、ビジネス界が反応を始めたことは上述の通り。一方で、なんでもかんでもLGBTで一括りにされることも多くなっています。

性別違和(旧 性同一性障害)の人権を認めましょうと意識が高まる反動で、診断書を持っていない人や、軽度の性別違和、Xジェンダー(両性・無性・中性など)、揺らいでいる人などのLGBT未満はニセモノ扱いでパッシングを受けるという新たな差別も発生しています。

私の体験でも、「タレントのはるな愛は女性として美しい。そうなれないお前は生まれながらに出来損ないだ」「性適合手術で睾丸摘出をしないのは、人生から逃げているからだ」などと責める人に出会ったことがあります。(ちなみに、本件に限らず、他人を変えようと責める人は、深層心理にある種の隠された怖れ(人生の心理課題)があることが多いです)

心の解放を置き去りにすると、「男らしく・女らしくあるべき論」を脱しても、新たな差別基準「LGBTらしくあるべき論」が出来てしまうわけです。

入門書

入門のため、あえて古めの書籍も挙げます。


拾い読みで、コンパクトに用語・基礎知識が得られます。ポストLGBTへ向けた評判のよい入門書です。


専門雑誌ですが、一般の方も読めます。医療や社会動向の入門。他の専門雑誌が「LGBTの支援」というような支援者目線(助ける人と助けられる人という関係)で特集しているのに対して、近年どんなことが起こっているのかという状況把握の視点で特集されています。


体系的な知識ではなく、典型的な事例でもなく、実在する多様な個々を紹介しています。「男らしさ」「女らしさ」は自然がつくったのか、社会がつくったのか? という切口が特徴的です。「マイノリティ=珍しきもの」といいう起点ではなく、人類全体のテーマとして取り上げているのが、さすがジャーナリズムです。

お気軽イベント

LGBTQの時流(後編)

性の多様性についての認識が進んでいることは、「自分らしさ」、「アイデンティティ」、「自愛」、「あるがままの受容」についても地続きのテーマとして見直されるきっかけとなっています。自分が自分であるためにという観点で興味をもつ人も多いのではないでしょうか。

2017年頃から、トランスジェンダーの中でも、「男でありたい」「女でありたい」を超えて「私でありたい」と言う人が増えてきたように思います。(ex.「女として扱われたくないが、男になりたいわけではない」「性別越境者であることも含めて私は私」などなど)

さらに最近では、学術界でも国連でも、二元論を脱する動きかあります。男か女か、セクシャルマイノリティか非セクシャルマイノリティか、のような二者択一ではないという現実が認識されてきています。中性的な人や、ちょっとだけセクシャルマイノリティ的な人は実際にいます。

少数派を表すLGBTという言葉よりも、多様性を表すSOGIE(そじぃ)という枠組みが現実的になりました。

SOGIEでは、次の4項目で人の性の多様性を捉えます。

  • Biological Sex(身体的性別)
  • Sexual Orientation(性的指向、いわゆる「誰を好きになるか」)、
  • Gender Identity(性自認)
  • Gender Expression(性表現、服装など)

それぞれの項目に、「男」「女」だけでなく、「両方」、「どちらでもない」、「中間」、「こっちより」、「不明」、「流動的」など様々なあり方があります。入門としては、SO(Sexual Orientation)とGI(Gender Identity)は別のことである(たとえば、自分を女だと思っているからといって、性対象が男であるとは限らない)ということを覚えておくとよろしいかと思います。

2018年頃から、Gender Identity(性自認)が二元論(男女の二択)におさまらないXジェンダーという自覚の人たちが存在を表し始めています。

今後は、Sexual Orientation(性的指向)についても、グレーゾーンの人たちも存在を表しそうです。(同性愛というほどてもないけど、絶対違うというほど抵抗もないというような指向を「フレキシブル」と言ったりします)

いわゆる「普通」はむしろ少数派であることが見えてきます。

参考リンク:

当事者のお話

日本のYouTubers

最近では、信頼や関係性によってカミングアウトする範囲を限定する(ゾーニング)のが一般的です。容姿や服装で分かってしまうトランスジェンダーはそうもいかない場合がありますが。

2018年に中学校の教科書にもLGBTが載ることになりました。それ以前に、学校教員の当事者が公にカミングアウトしたら、どんなことが起きるのでしょうか? 学校や教育にご関心のある方は、カミングアウトされた先生のお話も聞いてみましょう。


 

書籍


気軽に読めるコミック。性別適合の体験談。(http://yomedan-chii.jp/)


気軽に読めるコミック。ディズニーランドで式を挙げたレズビアン・カップル。


一編ずつ読むとよいでしょう。


当事者である著者の心情がよく伝わります。ゲイに限らず多くの方に共感があるかもしれません。


一般論ではなく、様々な個を多数とりあげて著者がインタビューしています。当事者が身近でない方々には、ちょっと難しいかもしれません。

ItGetsBetter Japan

2010 アダム・ランバート(歌手、舞台俳優)

「どこかの小心者が言う『君は間違っている』を信じないで」
 

2011 NYのジェイミー君(自殺の4ヵ月前)

「まずは自分自身を愛してください」
 

YouTube社

2015年 動画メドレー(日本語字幕あり)
カミングアウト動画などを集めて編集したものです。


 

TED

  • 2014/11 ジェンダーを踏み越えてゆくこと(日本語字幕あり)「存在はすべて変化し続けています」
  • 2015/01 何が「普通」か…(日本語字幕あり)「小さな子供たちはそんな風です。ありのままのあなたを受容れるという、実に稀な能力を持っています」


たくさんの当事者たち

 

人々の反応

2017 街頭インタビュー(Asian Boss、Ask Japanese、キットチャネル)
  

2015 同性婚/同性愛に関する初めての意識調査

REACT

2013 子供たちに同性婚をみせたら、どんな反応?(日本語字幕あり)

今日の日本では、あからさまに否定する人は多くありません。しかし、未知なるものへの怖れはあります。やたらと「私は何とも思わない」と言う人は、なんとも思っています。「逆に励まされます」と言う人は、可哀想な人として見ています。学校で教えると一部の親からクレームがあります。言葉の節々や、いざ肉親に関係するときに、隠れた本心が見え隠れします。しかし、それがあるからこそ、本当に何とも思わない人、驚きながら適応してゆく人、人そのものを見る人がいることも明らかになっています。

人々が受け入れるきっかけとしては、次のようなものもあります。

  • かわいそうなら許す(悲惨な実話やドキュメンタリー)
  • 面白いなら許す(オネエタレントの活躍)
  • 美しい/実力者なら許す(美形女装、エグゼクティブ)

逆に、これらが備わっていなくても、受け入れることができるかというのが、自他への態度として人類に問われているように感じます。しかし、きっかけとしては、これらも重要なものかもしれません。

このページにも動画や番組へのリンクがありますが、それらのメディアのコメント欄を見てみると様々な反応が書き込まれています。ただし、当事者の方は心理的負担になるので無理してご覧になることはないです。

脱マイノリティ概念

マジョリティとマイノリティとの対立概念から脱することを「インクルージョン」と言ったりもするようです。

70~80年代頃の漫画のキャラクターで、『パタリロ!』のバンコランとマライヒ(今でいう同性愛者)や、『ストップ!!ひばりくん』のひばり君(今でいうトランスジェンダー)がいました。作者の方々は同性愛者とかトランスジェンダーというものを描こうとは思っていなかった、そんなものは知らなかったそうです。そこにはキャラクターひとりひとりがあるだけで、マイノリティという概念はなかったのですね。
(『こち亀』のマリアさんはそうではないです)

 

セクシャルマイノリティと日頃から仲良くしている人たちはLGBTなんて言葉を使うことはありません。個人名で呼ぶだけです。やがてLGBTなんて言葉は要らなくなると言う人もいますね。そんな世界は昭和の漫画にとっくに描かれていたわけです。

差別への反作用でLGBTというような概念が生まれましたが、現代のダイバーシティ、インクルージョンの時流は、マイノリティという概念がなかったころへ戻ろうとしていると言えるかもしれません。

映画など

※上映期間を逃すと、なかなか観れないものもあります。

国際情勢

Chebu Russia TV

2015? ロシアで男性同士が手を繋いで歩いてみたら

 

VICE Japan

2015 同性愛者を取り巻くロシア社会の実情(1)

 

BCC

2015 同性愛者の処刑(イラク)

 

いくつかの国では、異性装や同性愛は犯罪とされています(国連加盟国の37%で同性の性行為が違法)。いくつかの国では、それとは逆に、人権を保証するための法律があります。日本はというと、そのどちらでもなく、概ね法律上はセクシャルマイノリティが存在しないことになっています(「不可視」と言います)。

国連における性的指向と性同一性に関する声明への賛否

国連における性的指向と性同一性に関する声明への賛否
青=賛同国、緑=反対表明国  2012 by Knowz

一見すると欧米が先進的のようにみえますが、そもそも差別を世界に広めたのは欧米のキリスト教文化と植民地開拓であることにも注意が必要です。

参考:

国連

2016年 排除の代償

 

統計は興味深いですが、「はたして、経済損失の問題なのか」という疑問を感じないでしょうか?

イスラムに対する西洋の文化的な優位性を示すためにLGBTQが利用されているという説もあります。

なお、なにかと遅れているとされる日本ですが、なんだかんだいって、セクシャルマイノリティたがからという理由での直接的な暴力(路上で殴られるなど)は少ない方だそうです。北米などは進んでいるイメージあるかもしれませんが、最近まで同性愛難民に対してセックスしている写真を提出させていたなど、全体的に人権意識が高いわけでもなさそうです。

手の指が四本の奇形児は西洋では魔女狩りの対象でしたが、日本では神の使いとされました。

根底では、日本は最先端に近いのかもしれません。

ジェンダーをフル活用する時代

「男性性/女性性」というと、昔は男性と女性の違いのトピックが好まれていました。今では、「男と女の違いなんて話は聞き飽きた。男性性と女性性の統合について知りたい」という声がきかれます。「男と女は別の生き物だからね」なんて言っている場合ではなくなってきているようです。

殆どの心のトラブルにあるがままの自分を否定することが関与していることを顧みると、世界が「間違いを正す」アプローチを越えようとしている昨今のようにもみえます。知らないがゆえの怖れを取り除いてみると、そこには「マイノリティ」も「障害」もないのかもしれません。

 

心理セラピスト的に気になること

一つは、差別を解消してゆくという流れの中で、政治やビジネスに利用されるという場面や側面も出てきています。当事者としては、社会の変化を望みながらも、利用されている感じもあるといったところでしょうか。

もう1つは、社会の変化は1ステップで理想に到達するものではないということです。他者批判しがちなのが人間です。法改正や社会の対応に貢献した医者・行政担当・研究者は、その内容が完璧でないという理由で度々批判の的になっています。心理的に言うと、自分の望みや希望を述べるのは難しく、自他を攻撃するのは簡単ということです。

もしも性の多様性に対する否定勢力があったとしたら、多様性肯定派や当事者が感情的に拳を振り上げて叫ぶ姿のコンテンツを蓄積することを狙うであろうと思います。否定勢力に社会心理の専門家がついていれば、肯定派を刺激して感情的に叫ばせるでしょう。そこで叫ばれている内容が正しいく、正当な怒りであっても、否定勢力にとって都合の良い展開が可能になります。正しくない者が正しい者に勝つ方法は、正しさを背景に攻撃させるというものです。この側面について冷静に観察している当事者もいますが、下手に啓蒙すると「なぜおまえも叫ばないのか。おまえのその態度が差別を許してしまうのだ」と叩かれかねないわけです。社会的な心理戦は社会感情を計算にいれて仕組まれます。2020年オリンピックが終了して多様性肯定を後押しする経済的理由が消滅したときに、心理戦の勝敗が問われると専門家の間では言われています。

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