シャドゥという心理現象をセラピー現場からみると

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「シャドゥ」についておさらいです。

※ユング心理学の定義を超えて、最近のセラピー現場の知見を反映した私の解釈が入っています。

自分の中に隠しているものが、他人に投影されてみえること。

「おれは強いぞ」というスタンスで生きている人は、弱そうな人を批判したり、変えたくなったりします。その「弱そうな人」が、その人にとってのシャドゥです。

「おれは強いぞ」さんは、「おれは弱い」ということへの怖れを持っています。だから、強い自分を作って生きてきました。それは弱い自分をないことにするための努力です。

「ないことにしている」というのは、心理では「抑圧」ともいいます。「ないことにしている」と「ない」は違います。しかし、本人は「ない」と思っています。

ないことにするために、弱い自分への否定・批判という力が深層心理(本人が自覚できない)にあります。それが、あるので「弱そうな人」に対して否定・批判の反応が出てきます。

さらに言うと、投影(深層心理にあるものが、見たものの解釈へ影響する)というものが働き、「弱そうな人(声が小さい、おとなしい、ケンカをかわない、慎重などなど)」が「弱い人」に見えます。

セラピストをやっているような人は、人間の弱さを受容する感性をもつことになります。自分の弱さにも目を向けます。それは「よわくてもいいじゃん」のようなふるまいとして現れたりします。逆にいうと、「弱くてはいけない!」という反応があまりないわけです。そうすると、「弱そうな人」に該当してしまい、「おれは強いぞ」さんに絡まれることがあります。

自分の弱さをを怖れている人が、自分の弱さを認めている人を罵倒するということが起こります。弱い人を否定するくせに、自分より(立場が)弱い人(目下、接客者、新人など)を必要とします。「強い」人はそんなことはしませんが、「おれは強いぞ」さんはそんなことをします。「なんとか変えてやろう」と思って、追い詰めようとします。しかし、弱さを認めている人は、自分の弱さを怖れていないので、その脅しが効きません。罵倒されたり、責められたりするわけですから、心情平気ではなく、ビクッとするかもしれませんが、「おれは強いぞ」さんと同じ気持ちになるわけではありません。

「おれは強いぞ」の他にもいろいろあります。「明るくなければいけない」、「努力すべき」、「苦しむことが正義だ」「几帳面にしなきゃ」などなど。

明るい人が他人に「お前は暗いな」と批判することはありませんが、「明るくなければいけない」人は他人に「お前は暗いな」と批判します。

シャドゥは「生き残れなかった自分」と表現されますが、人が心の旅に挑戦するセラピー現場から言うと、「自分の中の怖れが、他人の見え方をつくっている」というのが当事者の体験に近いかと思います。

シャドゥを他人ごとではなく自分事として解決してゆくと、他人のシャドゥの投影先になりやすくなるという側面もあるということになります。

心の旅に挑戦すると、自分がつくりだすシャドゥと、他人がつくりだすシャドゥと、両方と闘うことになります。

 
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