余計なアドバイスは赦しのプロセスを妨げる

心理セラピー関連

よく対人支援(とくにカウンセリング)やお友達の悩みを聴くときに、「余計なアドバイスはしない方がよい」と言われます。

これを形式的に学んだカウンセラーが何も意見を言わずに「そうですか」しか言わないなんて不満を聞いたこともあります。

また、友達の悩みに対してアドバイスしたら、「アドバイスなんか求めてない」と怒られたなんて話もよくありますね。それも余計なアドバイスになった例です。

ま、嫌がられても敢えてアドバイスすることもあるわけで、機械的なルールとして「アドバイスをしない」を覚えても仕方ないわけです。

何が余計なアドバイスなのかは、いくつかの観点があるのですが、ここでは心的なお悩み解決のプロセスの話をしましょう。

こんな例を考えてみましょう。私は素敵なレストランのテーブルを予約していました。直前に連絡があって、ダブルブッキングになっていたので別のテーブルに変更してほしいとの連絡がありました。私は大事なデートだから希望のテーブルに拘りたいと思いましたが、ダブルブッキングの相手はレストランの上客なのでそちらを優先したいようです。そこで私は「上客だからあちらを優先するという誠意のなさ」に理不尽だと怒っています。

この悩みを聞いたあなたはどうしますか?

多くの頭のよい人は、「ごねてもしかたない。それよりも変更したテーブルで気持ちよく楽しんだ方がうまくいくよ」などと状況に適応するアドバイスをします。

これが余計なアドバイスになることがあります。何が起こっているのか説明してみしょう。

この悩みの本体は怒りと悲しみです。解決のプロセスは二段階、第一ステージは怒り悲しむことです。そのとき他者の共感があるとプロセスが進みます。ちゃんと怒る、ちゃんと悲しむのです。

第二ステージは、現実的な選択です。「変更になったテーブルで楽しんでやろう。災い転じて福となす」と発想するとかですね。

余計なアドバイスというのは、第一ステージの支援をせずに、第二ステージの支援をすることです。

なので、一つ目の大事なことは、この順番です。

そして、第一ステージと第二ステージは同時にできません。「ま、それもいいか」と思いながら、ちゃんと怒るなんてことはできないのです。支援もしかりで、「ま、それもいいじゃないですか」と言いながら「理不尽だよなあ」と怒りに共感することはできないのです。

そして二つ目に大事なこと、ぜひ知っておいて欲しいのは、第一ステージは他者の助けが重要ですが、第二ステージは自分独りでも出来ることが多いということ。

「災い転じて福となす」なんてのは、あなたの素晴らしいアドバイスなんかなくても、たいていの大人が経験的に知っているのです。第一ステージが抜ければ、かってに本人が気づくのが第二ステージ。

第一ステージ(感情の共感が求められている)のときに、第二ステージを促すアドバイザーをすると、第一ステージに著しい妨害になります。それは「共感しませんよ」というメッセージだからです。これが余計なアドバイスされた人が怒る理由の一つです。

ちゃんと怒って、第二ステージに進むことを「赦し」と呼んでよいでしょう。

対人支援のプロは何が違うのかと聞かれることがありますが、この第二ステージを知っているからこそ第一ステージを大切にするというのも一つかもしれません。

多くの人が「赦す」=「怒らない」と勘違いしています。暴力被害のトラウマのの方にもこの鍵が掛かっていることがあります。

また、世間は怒っている人を「未熟な人」「幸せになれない人」と認識し、柔軟に譲る人を「成熟した人」「幸せになれる人」と認識します。この常識により、多くの苦しみをもつ人たちが、綺麗事を押しつけられて赦しのプロセスを止められているのです。それを解くのが心理セラピーの役割の一つです。なので、綺麗事を言わないセラピストはホンモノかもしれません。

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