心理支援は統計的な効果検証であるエビデンスに基づくものでなければならないというのが流行しています。
あちこちでインテリさんが「エビデンスはあるんですか?」と言うのが流行ったそうですが。あなたの職場でも流行らせてはいかが?
私は次のように思います。
(A)「エビデンスがある方法は効果の期待がもてる」 ⇒YES
(B)「エビデンスのない方法は撲滅すべきである」 ⇒NO
これはエビデンスベースアプローチの本来の態度だと思うのですが、研究・教育・行政施策において「エビデンスのないものは撲滅すべき」が流行っています。それはマイノリティの撲滅の再来につながるものと懸念します。
エビデンスに基づくアプローチは「人」を無視して「数字」をみる
それぞれの心理療法を複数の人に試して、効果が次のような結果だったとします。
心理療法1 | ○ | ○ | ○ | ○ | × | × |
心理療法2 | ○ | ○ | ○ | × | × | × |
心理療法3 | ○ | ○ | × | × | × | × |
心理療法しない | ○ | ○ | × | × | × | × |
※『臨床心理学 フロイトの理論から現代の臨床事例まで』を参考に作成
この結果から、効果が実証された心理療法1を選ぶというのが「エビデンスに基づく」ということなのですが、納得いくでしょうか?
これをAさん、Bさん、Cさん・・・・とう当事者の視点で見てみましょう。
科学主義の心理専門家は次のようなことをなんとなくイメージしているのではないでしょうか。
世界観I
心理療法1 | A○ | B○ | C○ | D○ | E× | F× |
心理療法2 | A○ | B○ | C○ | D× | E× | F× |
心理療法3 | A○ | B○ | C× | D× | E× | F× |
心理療法しない | A○ | B○ | C× | D× | E× | F× |
「効果の高い心理療法1で助からない人は、効果の低い心理療法2や3ではなおさら助からない」
「心理療法3は自然治癒と同じ改善率なので、なくすべきだ」
ところが、事実はこうかもしれません。
世界観II
心理療法1 | A○ | B○ | C○ | D○ | E× | F× |
心理療法2 | A○ | B○ | C× | D× | E× | F○ |
心理療法3 | A× | B× | C× | D× | E○ | F○ |
心理療法しない | A○ | B○ | C× | D× | E× | F× |
「心理療法2は心理療法1が効かないFさんのような人を助ける」
「心理療法3は自然治癒する人には大きなお世話だが、心理療法1、2が効かないEさ、Fさんのような人を助ける」
つまり、Eさんにとっては心理療法3が必要です。
私のクライアントが振り返りでよく「病院やカウンセラーを渡り歩いてきましたが、やっと自分の助けになる支援に出会えました」と言います。それはEさんのような人がの存在を示唆するものだと思います。
これは、症状や疾患の種類ごとに統計をとればよいというものではありません。「○○疾患には○○療法が効く」というように細分化しても世界観Iになるとは限りません。見立てや診断を細分化しすぎることの弊害もあります。
大学の臨床心理学者に多い世界観I(科学主義)は、人ではなくて数字を見ています。
世界観IIは、数字ではなくて人を見ています。
いま心理支援業界は、資格制度や教育で業界整備が行われ、世界観IIから世界観Iへのシフトが進められています。行政は数字の成果を上げるべく動くので、そうなるのでしょう。
エビデンス・科学主義は支援者が効率よく手柄をたてるためのもの
つまり、エビデンス・科学主義というのは医師やカウンセラーなどの支援者が効率よく実績を稼ぐためのアプローチだと言えるでしょう。
クライアントの悩みが長期化している場合には、クライアントの望みと支援者の「効率的に手柄を立てる」というニーズとは一致しないことがあります。
価値・状況・エビデンスに基づくアプローチ
本来のエビデンス・ベース・アプローチは「本人の価値観」「臨床の状況」「エビデンス」の3つを考慮するものと定義されています。ですが、エビデンスペースという名称を使っているかぎり、世界観Iの呪縛は解けないでしょう。
世界観IIは、「本人の価値観」「臨床の状況」を考慮するものですが、これはジェネラリストでないと捉えることができないもので、がり勉の専門家が不得意なところでしょう。
「本人の価値観」というのは、たとえば性暴力被害者のクライアントが症状を消すことよりも、治療プロセスの中で尊厳を取り戻すことを重視しているなどです。家族システムの葛藤を扱う場合にも、疾患を治すという発想では幸せにならないことが多いです。
「臨床の状況」というのは、Fさんのように、一般的な支援が上手くいかなかったというような経緯などが含まれます。
玉石混交も包括的適応には必要
また、心理支援業界の進歩のためにも、エビデンスを淘汰に用いてはいけないと思います。エビデンスのない方法、さらには効果のない方法というものを実は必要だと思います。
包括的適応が必要だと思います。
「子孫を残さないセクシャルマイノリティも人類の存続に必要である」とか「障害も多様性の確保を通して人類の存続に貢献しているかもしれない」というような視点も含めて多面的に物事を捉える能力こそが心理支援に求められると思います。
私は「本人の価値観」「臨床の状況」「エビデンス」の順に優先します。
闇の本質
エビデンスは本来は
「効果のありそうな療法を見つけやすくするため」
なのですが、憎しみによって目的を見失うと、
「効果のない療法を撲滅するため」
にすり変わってしまいます。