心の悩み

「子が間違わない/失敗しないことを望む」か
「(たとえ間違っても/失敗しても)子が思い通りにすることを望む」か。

「お前はきっとうまくいく」ではなくて、「お前が思う通りにやってみな(うまくいかなくても大丈夫だから)」が心理的なセーフネットを育んでくれるのを、私は「父性愛着」と呼んでいます。それが欠けるとこを「父性剥奪」と呼んでいます。

「愛着スタイル(愛着障害)」などは、主に母性による内なる安全基地のトピックですが、それと似てるけど、次の段階に父性のトピックがあるように感じて、この言葉を用いています。

あるとき、子は親(父親)に逆らって意思決定をします。そのとき大事なのは、親よりも子の判断が正しいということではなかったりします。

たとえば、昭和の親が「大企業や公務員が安全」と教えるのに対して、子が「いやいや今の時代は起業だ」と判断して行動するとします。カウンセラーが相談者(子)に対して「あなたは間違ってないと思いますよ」と応援したりすることがあるようですが、父性愛着の観点からすると「間違ってない」というより大事なことは「間違ってもいい」ってことなんですね。「間違ってないと思いますよ」という応援も必要ではあります。ですが、相談者が言いたいのは「僕は間違っていないでしょ」なのか、「間違ってもいいから、自分で決めたかったんだ」なのか、私はそこに敏感でありたいのです。もし後者なら、永年の深い悩みが解消へ向かい始めた瞬間ですから。

以下、余談です。

私は専門でないのですが、不登校についても同じようなケースがあるのではないかと推測しています。「学校へ行くべきだ」が上手くいかないのはよく知られています。「学校に行かなくてもいいよ」もいいのかもしれませんが、もしそこの父性剥奪があると仮定するなら、「学校に行かないことで不利や苦しみを背負うことになるかもしれないけど、それでも学校に行かないというなら、それを応援するよ」というのがカギになるかもしれません。不登校の父母さんと話してみると、よく「直すか直さないか」の間でちょうどいいところを探そうとしているように感じます。「直す」も「直さない」も親が主体なので、本人がやることをなんでも応援してくれる人がほしいのかもしれないなと。「本人のため」じゃなくて「本人が自分のためと思うこと」をバックアップするのが父性ではないかと。

大人の心の問題を扱っていると、子供の頃の父性剥奪のテーマが出てきます。今の子供たちはもっと早くに警鐘を鳴らしているのかもしれない、とも。

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