虐め被害の心理戦のポイント

日本では戦争やテロがない代わりに、DV、パワハラ、虐めなどのミクロな暴力が蔓延しています。ミクロといっても、戦争やテロと同じようなことが行われていたりします。その中でも虐め/継続的な暴力について、被害者のためのヒントを書いてみます。

主に現在進行形の問題を想定して書きますが、過去の出来事に対するトラウマの克服でも同様のプロセスが再現されることがあります。

助けを求めるない自分との闘い

心理戦の観点からすると、1つめのボトルネックとなるのは「助けを求めることができるか」という点です。相談される方のなかで「助けを求めることが難しい」という心理状態をよくみかけます。まず、これについてよく自覚することをお勧めします。

具体例としては、「それは警察にとどけたほうがいいですね」「それは法律相談に連絡してみましょう」といったとき、相談者はなんとか言い訳をして警察や法律相談に連絡したがらないという現象が起こります。

たとえば、「法的な介入が必要かどうかわからない」と言うのですが、法律相談の場合は、いきなり介入ではなく、まず「どんな支援をしてくれるのか」確認するだけでもよいのです。つまり、相談連絡をしない本当の理由は「法的な介入が必要かどうかまだわからない」からではなくて、「相談するのがこわい」(その理由は何パターンかあります[1]「助けを求めたら負け」だと勘違い、「助けを求めたら、対決させられる」という不安、「助けを求めたら、加害者が怒る」などが隠れています)みたいなことが起きているのです。

このことに気づく必要があります。

心理戦の1つめの挑戦は「助けを求めるのがこわい」との闘いです。

これには二段階あって、「助けを求めることを避けようとしている自分に気づくこと」と「実際に助けを求める練習を始めること」です。

ここで、重要なからくりがあります。助けを求めることを避けるときに、人間は強がるということです。つまり、強がることは弱いことなのです。

「助けを求めます」=軽度の心理ダメージ

「助けを求めるほどではありませんよ」=中度の心理ダメージ

「加害者の言うことききます」=高度の心理ダメージ

というような順番になっているのです。ご本人は「助けを求める」は「助けを求めない」よりも弱い状態と考えていることがありますが、実は逆なのです。

上記の「中度」の相談者は、ひっしで助けを求めないことを正当化します。そうやって「高度」へと駆り立てられるのです。「軽度」へ向かう道はとても恐ろしいのです。これが心理戦です。

虐めにあっている子供も、相談のときに「だれにも言わないで」と言うことが多いそうです。その場合も同様です。解決のカギは複数の大人に助けてもらうことなのですが、逆の努力をしてしまうのです。

「助けを求めない」という努力をしてしまう自分、それが本当の敵です。

必要であれば、この本当の敵と闘うために必要な相談相手を探してください。

「助けを求めたら加害者が怒る」という恐怖心理が隠れていることがありますね。そうだとすると、助けを求めることが特効薬であるからこそ、加害者はそれに対して怒るのです。「チクんなよ」って言うってことは、チクられるのが加害者の弱点ということです。また、被害者側にはストックホルム症候群と呼ばれるバイアスが生じます。これら双方を計算にいれて心理戦に対処します。

恐がることも重要です。たとえば、誹謗中傷攻撃にあっている経営者なんかの例ですと、自分が怖がっていることを自分に認めないと、助けを求める相手を間違えてします。「ヤクザを雇って仕返ししてやる!」とかですね。実はこれ、敵の思うつぼであることが多いです。

ですので、心理戦では恐がることも重要なスキルとなります。

毅然とした態度 ≠ 怖がらない(助けを求めない)

傍観者が与える絶望との闘い

次のボトルネックは傍観者です。助けを求めても助けてくれない人たちのことです。

「同僚/上司に相談したけど、はぐらかされた」「学校の先生に相談したけど、取り合ってもらえなかった」「両親に相談したけど、自分が悪いんじゃないかと言われた」「公共の相談窓口に行ってみたけど、頼ってくるなオーラを感じた」などなど、被害トラウマの方々から聞きます。

当事者経験のある方は、この傍観者が加害者にも劣らず恐ろしいものだということを知っているでしょう。

基本方針やこれらの調査の指針が策定された後も、学校の設置者又は学校において、いじめの重大事態が発生しているにもかかわらず、法、基本方針及び調査の指針に基づく対応を行わないなどの不適切な対応があり、児童生徒に深刻な被害を与えたり、保護者等に対して大きな不信を与えたりした事案が発生している。
(はじめに より)

学校の設置者及び学校として、自らの対応にたとえ不都合なことがあったとしても、全てを明らかにして自らの対応を真摯に見つめ直し、被害児童生徒・保護者に対して調査の結果について適切に説明を行うこと。
(第1 学校の設置者及び学校の基本的姿勢 より)

『いじめの重大事態の調査に関するガイドライン』文科省

学校が虐めや性暴力事件を隠そうとするという話は支援団体からよく聞きました。心理相談で扱ってきた職場の虐めでは、上司/社長/親会社の見て見ぬふりが必ずあります。親友や家族に見捨てられたという話も聞きます。

ある事件では、長期間にわたり性暴力加害者に呼び出され続けた中学生女子を、相談された担任教師も、PTSDと診断した医師も助けませんでした。最終的には本人の自殺という闘いを強いられました。

(被害者中学生は)脅すと金を出すとの噂が広まり、行内だけでなく他行の生徒の標的となってゆく。(中略)中学生が5000蔓延を恐喝する事件に世間は唖然としたが、金額の多さにのみ目を奪われてはならない。この事件の本質は、保護者、学校、警察地域といったおとな側の無責任・教育力・危機意識・介入意識の欠如にある。(中略)背景には、こうした頼りないおとな側の存在があることは残念ながら否めない

『ライフサイクルからみた発達の基礎』第1章p.29 平山諭 執筆

暴力被害の心理相談で扱うトラウマの本質も、「味方になってもらえなかった」という傍観者エピソードが浮かびあがることが多いです。

心理戦の2つめの挑戦は、「傍観者を乗り越えてゆく」という闘いです。

ここで問題となる心理状態は「誰も助けてくれない」です。これの克服を考えてみましょう。

「きっと誰かが助けてくれる」という心理状態がよいのですが、いきなりそこには行けないようになっています。

一つ目のボトルネック心理戦において、ちゃんと恐がることが、毅然とした態度への道であったように、誰も助けてくれないと思ってしまうような現実をしっかり見る必要があります。

上述のように、助けてくれない傍観者はたくさんいます。事実です。そのことからあまり目をそらさないほうがよいです。

別の言い方をすると、「あの人は助けてくれない」を「だれも助けてくれない」にしないということでもあるでしょう。そのためには、多くの「人は助けてくれない人」がいることを受け止める必要があります。

ここは天国じゃないんだ、かといって地獄でもない
いい奴ばかりじゃないけど、悪い奴ばかりでもない

『TRAIN-TRAIN』ザ・ブルーハーツ

この「悪い奴ばかりでもない」へと乗り越えてゆくためには、「いい奴ばかりじゃないけど」が必要なんですね。

「いや、ここは地獄だ」と怒る人の多くは、心の底でこの世が天国であることをあきらめていないです。

「いい奴ばかり」を夢見ているから、数人に裏切られただけで絶望してしまいます。

難しいですよ。反発がおきるのも無理ありません。

心理セラピストなんてやっていると、この世はなかなか酷いもんで、「ここは天国じゃないんだ」と思いますよ。だけど、それが明らかになればなるほど、ある意味では生きやすくなりました。

脚注[+]

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