「治ればよいというものではない」という感覚

厳密に定義されたものではないですが、心の問題解決には2分野あると思ってみてください。

一つはアンインストール系。問題が生じているので、それを取り除けばよいというもの。

たとえば、飛行機恐怖症で海外出張に行けなくて困ってるとします。その場合は、飛行機恐怖症(飛行機は恐いという自動反応)を取り除けばよいわけです。

どちらかというと、アプローチは何でもよいわけです。

もう一つは、インストール系。発達過程に躓きがあったり、不安定な愛着スタイルのような場合。

これは、足りないもの(愛、安心感、内なる安全基地)を受け入れてゆくもの。人から愛をもらうようにして、自分を作ってゆくもの。

自分を作るわけだから、愛を与える側になってゆくものだから、それはアプローチは選びたいわけです。

「治ればよいというものではない」という感覚があります。

その満たされる体験が自分の中に残り続けるのですから、その直感は的を得ています。

関連記事

  1. 椅子と外の景色

    「感情力動アプローチ」による Kojun心理セラピー

  2. どちらのセラピストが必要か

  3. 恐怖や不安について思うこと

  4. 昔の神託や儀式は心理セラピー?

  5. 「セラピストはこわい」と言う人がいます

  6. 無邪気な子供の手

    心の悩みを正常な機能として扱う

  7. ネガティブを怖れれば、ポジティブも怖れる

  8. 絶望を感じて、本当に前向きになる