心理療法とエビデンス(1)よくて60%程度のこと

「エビデンスのある心理療法」というような言葉が流行しています。エビデンスというのは「効果があると研究で証明された」みたいな意味ですね。

さて、このエビデンスという言葉、「それ以外の方法はあやしい、効果がない」という印象を与えます。エビデンス・ベースド・アプローチという考え方は、エビデンスのみで善し悪しを判断するもの(エビデンシャリズム)ではないのですが、一般的には、エビデンスがあればOK、なければNGといように間違って言葉が使われていることが多いように思います。

はたして、「エビデンスがある」=「効果がある」でしょうか?

なぜこんな話をするのか?

なぜこの話題に拘るかというと、「○○疾患は○○法でなおる」と言われて、効果を得なかった人たちが、「私の○○はなおらないんだ」とか「私の〇〇は仮病みたいなものだ」と諦めたり、自身を責めてる人を見てきたからです。

また、エビデンス警察みたいな、別の病もみかけます。

科学的といっても自然科学ではない

心理学の世界で「科学的に証明された」というのは、ほとんどの場合、統計的に有意差が証明されたことを指しています。

それは自然科学の法則ほど再現性はないし、「地球は丸い」単位事実とは性質が全く異なります。統計的な証明は何がマジョリティかを示しているにすぎません。

実証データが多いとされる「認知行動療法」でも効果がある人は60%くらいだそうです。効果がない人たちもたくさんいます。

私も数十人の気分障害(主にウツ病)の人たちと一緒に過ごした時期があります。そのとき聞いた生の声でも、やはり効果があった(やってよかった)という人は半分くらいでした。

その他の人たちは、効果がないことに焦り、自責を感じていました。(多くの場合、家族関係、仕事、トラウマ、愛着などに深刻な事情をかかえていました。当時の診察では扱われない事項でしたが、一緒に過ごした私たちは聞いていました)

本来の科学は全てを将来反証されるかもしれない仮設として扱います。私は理学部出身ですが、「科学的に証明された」とは科学者は使わない言葉です。白黒思考、べき思考、完璧主義などの認知の歪みをもつ人が使う言葉だと思います。

「多くの人に効果がある」と「私に効果がある」は異なる

たとえば「60%の人に効果があった」などと言う場合、残り40%の人には効果がないわけです。全ての人に効果があると言っているわけではありません。

ではご自身が残り40%だった場合、探すべき次の療法や支援は「65%、70%の人に効果がある療法」でしょうか? 研究者や行政にとってはそうかもしれませんが、当事者にとっては、そうではないでしょう。当事者が探しているのは「自分に効果のある療法や支援」であって、「多くの人に効果がある」というのは参考情報の1つにすぎないのです。

たとえ20%の人にしか効果がない方法でも、それが自分に効果があるのであれば、それがあなたが探しているものです。

支援業界側についていうと、療法を数の原理で淘汰するのではなくて、様々な療法や支援が必要なのだと思います。

統計が示すのは因果関係とは限らない

統計的に証明されるのは因果関係ではありません。たとえば「認知行動療法が効果があった」という事例の報告を聞いていると、それは認知行動療法の効果ではなくて、それを担当した心理士やカウンセラーが親身になって安全な場を提供してくれたから改善しているんじゃないかと思われるケースが多々あります。(治療関係要因といいます)

愛着安定化プログラムで認知行動療法が取り入れている著名な医師も「ファシリテートする人物が大事で認知行動療法は作業名目にすぎない。心理士よりも素人の方がいい場合もある」というようなことを言っています。

つまり、手法は支援者と会うためのきっかけや口実として機能しているだけのことも多いのです。なので、効果があるとしても、やることはそれ以外の対話でもよいかもしれないわけです。(Lambertの研究によると、療法の効果の治療関係要因は30%、技法要因は15%です)

誰にどんな効果が?

また、「効果があった」というのは何を指しているのかも知る必要があると思います。たとえば、PTSDに効果があったというのは、悪夢をみなくなったのか、フリーズしなくなったのか、人がこわく感じなくなったのか、人生に前向きになれた(Post Trauma Growth)のか。エビデンス検証というのは諸症状ひっくるめてアンケート測定することが多いそうです。

効果とはなんでしょうか? たとえば軽度の多動症の子供に対して、「授業中に席を立つと、強烈な恐怖を伴う罰を与える」という療法はどうでしょうか? 科学的に検証すると「効果がある」と出るでしょう。実際に罰のオペランド条件付を用いた手法は教育分野などにあります。もっと言え足を椅子に縛りつけるという方法はどうでしょうか? これも実際に行われていました。なぜそんなことが行われるのか? 「効果がある」からです。

「精神病で暴れる人の納涼切断手術をすると問題行動がなくなる」という療法はどうでしょうか? 科学的に検証すると「効果がある」と出るでしょう。そして実際に行われていました。

また、「誰に」効果があったのでしょうか? PTSDといっても、災害被害と暴力被害では性質が異なっているかもしれません。様々なケースに効果がある手法がエビデンス検証されやすいということになるでしょう。逆にいうと、個々の違いを丁寧に扱う手法はエビデンス検証されにくいと思います。

トラウマも○○症も多くの人の体験の総称であって、実はひとりひとり異なるものです。来談者(クライアント)が何を望んでいるかも様々です。

ウツなんて、家族の問題、仕事のやりがい、職務からのストレスなどなど様々な原因から起きます。解決方法も様々でしょう。

エビデンスの必要性

海外では政府がエビデンスのある療法についてガイドラインを示しているって話がありますが、海外では保険適用の基準としてエビデンスが使われるというようなことがあるようです。エビデンスのあるものだけが有効なわけではないですが、公的な資金を使ったり制度で支援するにはどこかに線引きが必要ってことですね。

先に書いたとおり「科学的に証明された」は矛盾した言葉であり、エビデンスは「保険適用するのが妥当であるエビデンス」「薬を発売許可してよいほどの期待値があるとのエビデンス」であって、「科学的に正しい/正解であるエビデンス」ではないわけです。

「エビデンス」によって療法や支援サービスを淘汰する考えには反対です。心理学者は科学を学んでいないので勘違いしていることがあります。

「海外ではエビデンスある手法を…だから日本もエビデンスで…」と言うとき、なんのためのエビデンスなのかといところが本末転倒になっていることがあります。

もう一つは、広範囲に適用可能な手順的な手法について、メカニズムが解明されていない経験則だから、せめて結果統計を出しておこうという真摯な態度によるエビデンスもあります。それはその手法の成長のためであって、本来は「エビデンスがないものはアヤシイ」と主張するためではなさそうです。

多くの人に効果があるということには期待もありますが、一方では誰がやっても同じことが起きる浅いアプローチの可能性も示唆します。

次の記事では、エビデンス検証しにくい手法があるということについて書いてみようと思います。

続き:心理療法とエビデンス(2)効果の有無を判定するものではない

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