私が異性装(ここでは、身体と異なる性別の服装をすることとします)をSNSで公開したのは数年前くらいでしょうか。一部のセラピー仲間からも目をそらされ、一部の女性たちからは見下されました。

SNSでは、よく「うけるね」ボタンが押されました。それは愉快ではないのだけれでも、その不愉快に負ける気はまったくしなかった。そして、とくに説明もしなかった。「笑わないでください」とお願いする気など毛頭ありませんでした。

当時LGBTQなんてことも知らなかったので、なんら人権など主張するものでもないと思っていました。

これをカミングアウトしたことで、社会的に不利になることは私にとって受け入れられることでした。「人目を気にする生き方をやめたい」というのはセラピーのテーマでもよくありますが、「どうしても人目を気にしてしまう」は社会を生きてゆくために身につけたものです。

一般的なセラピーでは、「必要以上に人目を気にしすぎるのを解消しましょう」ということが多いでしょうか。

でも、必要以上かどうかではなくて、もっとシンプルに「人目を気にするために生きているわけではない」という生き方もできます。

それによって社会的に不利になるかは二の次の問題ということです。

社会を生き延びるために、人目を気にする一生を送りたいか、人目を気にするために生きるのをやめてから、生き延び方を考えたいか、好みの分かれるところです。

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心理セラピスト Kojun(上野貢潤)
心理セラピスト/Points of You アドバンストレーナー(日本資格)/プラクティショナー
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