「苦手なものに馴れる」アプローチが上手くいかない場合

「昆虫が恐い」「試験というものが恐ろしい」「男性が苦手」「女性が苦手」「騒がしい場所が苦手」など、何かを避けてしまうというお悩みについて書いてみます。

「苦手なものに馴れる」ことは、成長や進歩を遂げるために重要なスキルです。しかし、このアプローチが上手くいかない場合もあります。この記事では、馴れるアプローチの限界について探求し、上手くいかない場合の対策や心構えについて考えてみましょう。

苦手なものに馴れるアプローチの限界とは?

「苦手なものに馴れる」というアプローチは、新しいスキルや経験を身につけるために有効な手段とされます。それが上手くいかない場合、2つのレベルで考えてみる必要があるかと思います。

単純に不快刺激を避けている場合

つまり、これは魚類や爬虫類にもある、不快刺激を避けようとする条件付けとして問題を捉えることができる場合です。

不快刺激が実は有害ではないという場合に、これは「馴れる」アプローチが有効です。心理では「暴露(ばくろ)」という言葉も使われます。

その過程で一次的なストレスや緊張に対しては、スモールステップとモチベーションの維持が対策となります。心理支援の世界では、不安階層表とか、動機づけ面接とかいうものが相当します。

「潔癖症で吊革が触れない」というような場合などには、「吊革に触れたまま」の状態を保つことで、その反応が少しずつ減ってゆくというアプローチがあります。

「(危険ではないことが分かっている)昆虫が恐い」というような場合は、徐々に近づいてゆきながら安全を確かめるというアプローチがあります。

これは、「昆虫=危険」という条件付けを、「昆虫+被害なし」という体験によって消去(または上書き)しようというものです。

※なお、この条件付けの消去は記憶の消去ではないことが心理セラピー臨床でも経験的に知られていますし、脳科学的にも示されています。(偏桃体の恐怖反応を腹内側前頭前野が抑制できるようになる)

この場合の心構えは、スモールステップとモチベーションです。モチベーションを保つためには、目標を明確にし、達成感を得ることも重要です。小さな成功を積み重ねることで、自信やモチベーションが高まり、苦手なものに慣れる道が開けるかもしれません。ですので、スモールステップはモチベーションを作る技術でもあります。

根深いテーマが隠れている場合

それでも上手くいかない場合、すなわち「そういう問題じゃないんだよなあ」という場合があります。

スモールステップでやっても、モチベーションを保って根気よくやっても、よくならない。場合によっては、努力逆転の法則といわれるものが働いて、苦手が強化されているように思われるというケースです。

たとえば、男性から暴力を受けた女性の「男性が苦手」に対して、「男性に徐々に近づく実践」というアプローチが上手くいかなかったという話がよくあります。どんなにスモールステップにしても折れてしまうとか、近づいてるけど態度がトゲトゲしているなど。

子どもの頃に受けた暴力による対人不安なども、馴らすアプローチが上手くいかないことがあります。人に近づけるようにはなったけど、その代わり常に喧嘩腰であるとか、いざという肝心なときに逃げてしまうなどです。

それらは、一見すると問題が解消したように見えて、実は根深い問題になって人生を不自由にしていることがあります。

条件付けがそう単純ではないという意味で、哺乳類的な問題と呼んでみました。根深い問題と言ってもよいでしょう。

もう一つ例を挙げると、「思い通りにならないとキレる」みたいな性質がある人がいたとすると、対人支援の関係者の多くも「思い通りにならない」状況に馴れていないんだなと判断するようです。もしそうであれば、「思い通りにならない」状況に馴らすことが解決法ということになります。

ところが、本当の原因が「思い通りにならない」ことを分かってもらえないという経験からキレるしかないという育ちをしてしまっているとしたら、馴らすアプローチだけをやると、なおさらキレるということになるかもしれません。

そのような性質をもちながら大人になって、なんとか理性によって行動化しないようにしてきた内面でキレてしまう苦しみのある人たちの心理セラピーでは、「思い通りにならない」状況での得られなかった情動調律(子どもが苦痛について、理解されて言葉にしてもらう)を改めて体験してもらうことで、解消していくこともありました。

たとえば、あなたが痒みをもっていて、自分以外に人間には痒みという感覚がなかったとします。あなたは「痒いんだね」と一度も言ってもらったことがない、反応に対して批判されたことだけはある。となると、キレやすくなるのは想像できるでしょうか。そして、「痒いんだね」と言ってもらった経験が、それに耐える力を作るということがあるように思います。

「苦痛への耐性がない」のは、苦痛の経験が足りないからではなくて、苦痛を理解されたことがないから、ということもあるかもしれません。というか、そのようにして回復した人たちを私は見てきました。

「馴らす」が上手くいかない場合の対策と心構え

「苦手なものに馴れる」アプローチが上手くいかない場合でも、すなわち根深い問題の場合でも諦める必要はありません。それは問題の強さというよりも、質の違いです。

まずは、「どうも”馴らす”では上手くいかないようだ」と気づいたことが重要な成果です。

挑戦が足りないのか、アプローチが外れているのかを自分で判断するのは結構難しいです。ですから、他の人の経験やアドバイスを参考にすることも有効かもしれません。同じような困難を経験した人のアドバイスを聞くことで、新たなアプローチやヒントを得ることができるかもしれません。

しかし、他人にアドバイスによってややこしくなることもあります。どんなケースにも「もっと頑張れ」としか言わない人たち、どんなケースにも「無理しないでね」としか言わない人たちの助言も、あまり役に立ちません。ちゃんと判断しようとしてくれる人、判断することを一緒に考えてくれる人の助言なら役立つかもしれません。

心構え1:馴らすアプローチの是非の両方の可能性を知っている人を助言者に選ぶ。

次に、「馴らす」と言っても、何に馴らすのかというテーマがあります。

一般の経験則や専門家の知識は「〇〇を避けてしまう場合、〇〇に馴れることで解決する」というような定式化がされています。心理療法では「暴露法(ばくろほう)」という系統がそれに当たります。

上手くいかないケースのイメージとしては、たとえば、「被害を受けた女性が男性を苦手としている」という場合、「男性に近づく練習」をしても上手くいかなかったという相談などはよくあります。

ここで、なんでもかんでも暴露法というのもよくないし、暴露法の全否定もよくないのだろうと思います。その人の問題に合っているのかどうかですね。

別の言い方をすると、「〇〇を避けている」からといって「馴れるべき対象が〇〇」とは限りません、とも言えると思います。

症状から対処法をクックブック(料理レシピを調べる)みたいに辞書引きするのではなく、その人の中で何が起きているのかをしっかり見てゆく(すなわち、専門知識のみに頼らない)アプローチをとると、本質が見えてきます。

上述の暴力被害の女性の場合では、たとえば「イヤなものをイヤと言える力」が奪われていることがよくあります。

そのような場合は、男性に馴れようとする前に、「怒ってもいいんだよ」とか「仲間がいるよ」ということを体験するワークが有効になってきます。

これらは「怒ったらもっと大変なことになる」「助けを求めたら裏切られる」という感覚があるとするならば、「怒る」ことを避けている、「助けを求める」ことを避けているとも捉えることができます。ですので、「怒ることに馴れる(怒っても大丈夫という体験をする)」という意味で「馴れる」と同じ原理が働いています。しかし、爬虫類的なそれとは扱いがかなり違います。

男性に暴露して男性に馴れる前に、怒る自分に暴露して怒ることに馴れる必要があるのです。これを別のセラピーでは境界(バウンダリー)の回復と表現したりします。

馴れる対象が「怒っている自分」ですから、昆虫や加害者のような外的ではないんですね。また、怒ったら加害者がもっと狂暴になるという不安がある場合は、その世界観の中に外的も存在します。言葉で説明すると複雑ですね。ですが、本人の中ではそのようなことがシンプルにただ「起きている」のです。

また、「助けを求めることに馴れる」とは、助けを求めても大丈夫という体験をすることですが、場合によっては「助けを求めた結果、助けてもらえなかったとしても、それでも大丈夫」という体験が必要だったりする場合もあります。

男性の「女性が苦手」みたいなのも、まずは「男らしくない(女に負けてはいけない)自分」とか「優しくない自分」とかを許してからでなければ、馴れようとするほど深刻になるなんてことがあります。

解決プロセスの中に広い意味で「なにかに馴れる」という原理が含まれることは多いように思います。ですが、表面的な苦手なものに馴れることを目指してはいけない場合があるのです。また、「馴れる」が含まれているとしても、それ自体は本当は難しくはなく、心理支援の中心が他にあることも多いです。

心構え2:避けている対象が問題のカギとは限らない。

性暴力を受けた人が「私は汚い」と言うとき、『「私は汚くない」と言うこと/思うこと』を避けていますが、いきなりそれを言う練習をしても上手くいかないでしょう。これは通常の暴露/馴化アプローチのようにスモールステップとかモチベーションの問題ではないのです。手順よりも、どちらかというとセラピストの人としての存在と出会うことが重要です。

「苦手なものに馴れる」アプローチが上手くいかない場合でも、諦めずに取り組むことが大切だろうと思います。今試しているアプローチの限界を見定めつつ、挑戦したり、アプローチを見直したりします。

上手くいかなかったときには、アプローチを変えるという選択肢を考慮してください。そうしないと、上手くいかなくなったときに、克服のための行動に対して苦手意識や恐怖がついてしまうこともあります。

心構え3:克服プロセス自体を避けるような条件付けには要注意

「馴らす」というのは基本的には修正的なアプローチです。ですから、それはある意味では最終段階になります。

その前段階では本質も見定める必要があり、そこでは経験者(サバイバー)との対話やマインドフルネス実践(自己と対話できる状態をつくる)なども役に立ちます。

※当サイトの記事には実践経験に基づく意見や独自の経験的枠組みが含まれます。また、全てのケースに当てはまるものではありません。ご自身の判断と責任においてご活用ください。

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